私たちは、新聞人として、地域社会の発展と福祉の向上につくす。
| 1898年(明治31)2月11日 | 神戸新聞創刊。本社・神戸市栄町 |
|---|---|
| 1918年(大正7)8月12日 | 米騒動で鈴木商店と共に本社焼き打ちされ全焼したが関連会社で代行印刷、無休刊で発行 |
| 1925年(大正14)11月25日 | 紙齡1万号 |
| 1931年(昭和6)8月1日 | 新聞トラスト「三都合同新聞」発足。神戸新聞、京都日日新聞、大阪時事新報の3紙を発行 |
| 1937年(昭和12)8月11日 | 第1回金婚夫婦祝福表彰式(50組)を神戸・湊川神社で行う |
| 1945年(昭和20)3月17日 | 神戸大空襲で東川崎町の本社全焼、死傷者出る。朝日新聞社で委託印刷開始。無休刊 |
| 1945年(昭和20)10月14日 | 湊町1丁目(新開地)に本社社屋を復興。自力印刷再開 |
| 1946年(昭和21)11月3日 | 新憲法発布を記念して「神戸新聞平和賞」制定(47年5月10日、第1回授与式) |
| 1948年(昭和23)8月1日 | 関西初の日刊スポーツ紙「デイリースポーツ」創刊 |
| 1953年(昭和28)7月2日 | 紙齡2万号 |
| 1956年(昭和31)5月3日 | 本社を新開地から国鉄(現JR)三ノ宮駅前の神戸新聞会館に移転 |
| 1961年(昭和36)10月7日 | 企画広告「ガンとたたかう」が日本新聞協会の第4回新聞社広告企画賞に初入賞。
以降、96年まで通算31回の受賞果たす。 |
| 1962年(昭和37)6月1日 | 新しい新聞づくりを目指す地域社会のコミュニティーペーパー「CP方式」がスタート |
| 1965年(昭和40)10月20日 | キャンペーン「淡路における住民参加の共同社会開発」が新聞協会賞(編集部門)受賞 |
| 1966年(昭和41)5月7日 | 神戸港取材班を設け、ミナトの組織暴力追放キャンペーンを展開 |
| 1967年(昭和42)1月5日 | 通年企画記事「明治百年・兵庫県のあゆみ」連載開始 |
| 1970年(昭和45)1月9日 | 長期連載「兵庫探検」スタート
(民族編、自然編、歴史風土編、続歴史風土編、近・現代編、総集編の順で12年間連載81年5月26日完 |
| 1977年(昭和52)10月1日 | 「21世紀への地域主義」をめざす新しい新聞理念を宣言し、編集目標、紙面計画など基本姿勢を示す |
| 1981年(昭和56)3月21日 | 紙齡3万号 |
| 1985年(昭和60)1月1日 | 通年企画「私たちの昭和史」連載始まる |
| 1990年(平成2)3月12日 | 印刷工場・製作センターが西区のハイテクパーク内に完成 |
| 1991年(平成3)3月22日 | 1行12字組みの大型K文字を導入 |
| 1994年(平成6)3月1日 | 社独自のデーターベースづくりがスタート |
| 1995年(平成7)1月17日 | 阪神・淡路大震災で神戸新聞会館が全壊、紙面制作システムが壊滅。京都新聞社の協力で無休刊発行 |
| 1995年(平成7)4月7日 | 紙齡3万5千号 |
| 1995年(平成7)10月17日 | 京都新聞との合同震災企画「生きる」が日本新聞協会賞受賞 |
| 1996年(平成8)7月1日 | 神戸・ハーバランドに神戸新聞社新社屋が完成 |
| 1998年(平成10)2月11日 | 創刊100周年 |
| 1999年(平成11)11月30日 | 西宮市に阪神製作センターが完成、印刷拠点が2カ所になる |
| 2003年(平成15)4月6日 | 大型企画「新兵庫学・ふるさと全史」が始まる |
| 2005年(平成17)1月17日 | 阪神・淡路大震災10年。17、18日に別刷り特集紙面を発行し「いまだ風化せず―報道と記録展」
「震災を描いた作家たち展」などを神戸で開催 |
| 2005年(平成17)10月18日 | 大震災10年キャンペーン報道「守れ いのちを」が日本新聞協会賞受賞 |
| 2006年(平成18)5月10日 | ミニ新聞・号外発行車「めぐる君」導入。以来、県内各地を巡り、イベントや選挙などと連動して速報紙面
を現地発行・配布し好評を得る |
| 2006年(平成18)10月4日 | 震災で全壊した三宮駅前の旧本社ビル跡地が、新神戸新聞会館「ミント神戸」として開業 |
| 2007年(平成19)4月1日 | 大型企画「兵庫人」連載開始 |
| 2009年(平成21)5月15日 | 紙齢4万号。「もっと近く、もっと深く」を編集・報道理念に |
| 2010年(平成22)3月1日 | デイリースポーツ社を合併 |