元町から諏訪山公園方面への坂を上がると、「山荷葉」という懐石料理のお店があります。
2011年にミシュラン2つ星を獲得された名店です。

私が神戸のライブハウスで歌っていた時に出会ったお客様から、
「普段、BGMのないお店で、JAZZをしていただけませんか」とご依頼を頂きました。
新しい事、挑戦が大好きな私としては、二つ返事で承りました。
お客様の行きつけのお店だった山荷葉にPAを持ち込み、春と秋に演奏をさせて頂く事になりました。

20名様の席に、お客様のお食事のペースにあわせて、旬の食材のお料理を一皿ずつお出しする懐石料理。一時間半かけて、ゆっくり味わいます。

季節の花が生けられ、茶道の師の書の掛け軸
清潔感あふれる店内は、和風だしの深い薫りが立ちこめ、五感を刺激される空間です。

食事の前後に45分2ステージ、ギターの大野こうじさんと
季節にあった選曲で、ほとんどリハーサル無しで即興演奏です。
できるだけ、生の声、音に近い環境で、
繊細な表現を、真近に感じて頂きたく、いい緊張感で臨んでいます。

生演奏のJAZZがある事で、料理がより一層美味しく感じられ、
料理が有る事で、JAZZがより豊なものになる、
私も大野さんも、お客様と一緒にお食事を頂くので、確実に身も心も満たされています。
そんな、他にあまり無い企画をお送りしています。

神戸でJAZZを歌っていたからこそ、頂いたご縁です。
お店の方々も、お客様が楽しんでおられる表情を見て喜んでおられ、
即興音楽そのものも楽しんで下さっているご様子で、嬉しい時間です。

穏やかで、幸せな気持ちになる、時空間が生まれ続けています。
神戸の旬の食材とJAZZを楽しみに、足を運んで下さる方が
増えますように♪

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宇根崎緑

 私事ですが、約5年続いているラテンジャズバンドで、年頭に「今年はCDを作ろう」と決めたのに、10月も下旬の今、まだ完成していません。

 いえいえ、もう完成目前なのですが、それだけCDを 作るのが大変なんだと思い知りました。

私達のバンドはギター フルート ピアノの異色な楽器編成にこだわったトリオで、5年続けるうちにオリジナル曲と既成の曲でもオリジナルアレンジで演奏する方向になってきました。CD にも私のオリジナルを4曲いれたのですが、今回は曲を作ることについて少々書いてみます。

 ミュージシャンの中には多彩な方が多く、全曲オリジナルのCDを 作ったりしている人が私の周りにも数人います。私の場合は、全く才能が無いというか、バンドを組むまでは作ろうという気もおこらなかったのです。

でも、この変わった編成のバンドに合う曲を探し、こんなイメージ、あんな感じと妄想にふけりながらアレンジをしていたある日のこと…

近所のコープで夕食の買い物をしていたら、BGMでギターが軽やかにリズムをきざんでいるのが耳に入りました。その時、夕食のメニューより良いフレーズが浮かんできて!!

何も買わずに家に直帰!数時間で出来上がった曲が私のオリジナル1作目です。この曲はノリがよく、初めて聴いていただく方にも好評をえています。

 これに調子づいて次作をと、チャレンジしかけたのですが、どうもカッコつけすぎるのか上手くまとまりません。いい感じのフレーズやリズムパターンができても、つなぎがチグハグで綺麗に流れないというか・・・。

 リハで何回かマイナーチェンジしてやってみても完成にいたらず1年過ぎた頃、ある本で「一つのアイデアに固執せず、たまには勇気をもってバッサリ捨ててみよう」という言葉を見て、捨てる気分になりかけたある雪の日…

我が家は雪の時、家の前が必ず凍結して一歩も外出できません。今日はピアノの部屋にこもって曲作ろうと決心したら、つなぎの部分に今までにない良いアイデアが浮かんで完成したんです。

 なので、この曲は「ディア デ ネイベ」。スペイン語で「雪の日」とネーミングしました。

 数時間でできる曲もあれば、1年かかった曲もある。

 CDのラストには、曲の最後の部分で全員が合唱するサンバの曲を入れようと決めていましたが、その曲にいたっては3ヶ月前から準備してたのに、録音の前日まで修正するありさまでした。

 あああ~~~、曲を作るって本当に大変!

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長井美恵子

みなさまこんにちは。
歌・正木麻衣子&ピアノ・梅田望実の『トンボDuo』です。

前回から楽しみにして下さっていたみなさま。
お待たせいたしました!
宗清洋さんの登場です。
全国に根強いファンを持つトロンボーン奏者、宗清先生に、
ジャズと歌謡曲、そしてその関係に注目し結成された『J.J Twins』についてお話し頂きました。
音楽人生についても触れて下さって、私たちも興味深くお聞きしました。
それでは、さっそくお届けいたします♪

◆ジャズ、そして、歌謡曲との出会いを教えて下さい。

気がつけば、半世紀にも及ぶ音楽人生。
人生の応援歌とか人は言いますが、まさにその通りでした。
戦後どっと入って来た外国の音楽と日本の歌謡曲が、同時にラジオから私の耳へと流れてきました。
当時の私は、これらの音楽を区別する事なく好んで聞き、口ずさんでいた様です。
美空ひばりとグレンミラーは戦後を代表するサウンドではないでしょうか。
十代に色んな音楽と出会い、より一層、音楽に興味を持ち、プロの世界に入りました。
数多くの人々と出逢い、多くの事を学び、これらは私にとって貴重な財産となりました。

◆ジャズと歌謡曲をコラボレーションしてみようと思われたきっかけは何ですか?

ふとしたきっかけで「星は何でも知っている」と「ワークソング」との特長のあるストップリズムのテーマに気付き、
二曲をジョイントして見たわけです。
それから色々と種を探し、レパートリーを増やしました。
昭和歌謡の特長は、服部良一に代表される、外国の音楽をベースにした曲作りだと思います。
ブルース、ブギウギ等、大変特長の有る作品は、アメリカのジャズとの接点も多いと感じます。

◆これからのJ.J Twinsについてお聞かせ下さい。

時代と共に、新しい音楽がどんどんと生まれて来るけれども、印象に残る名曲はなかなか見当たりません。
長く歌い継がれた曲には、それなりの良さがあります。
例えば映画音楽などは、音楽の方が有名になり過ぎたことも多々ありました。
今後の選曲にあたり、古いものばかりにはこだわらず、新しい素敵な曲も取り上げてみたい。
これまで取り上げて来た曲では、昔の名曲を若い年代の人にも親しんでもらい、
年配の人には思い出に浸ってもらいました。
これからの曲はその逆で、年配の人にも楽しんで頂ける最近の曲を取り上げて、皆様に聴いて欲しいと思います。
J.J Twinsの新曲を期待して下さい。

。。。。宗清先生、ありがとうございました!

ラジオから流れて来た音楽は外国も日本も関係なくて、それらが人生の応援歌となった。
宗清先生の音楽を愛する姿勢が、この一言に大事に詰まっているように感じました。

こんなことを書くと、「いらんこと言うなよ」と叱られてしまいそうですが、
アローのスクールでお会いする先生は、毎日練習を重ね、真摯に音楽と向き合っていらっしゃいます。
先生のそんなお姿に、私たちもいつも心の帯を締め直す思いがします。

先生の背中はあまりにもでっかいので、見上げてばかりで首が痛くなりそうですが、
素晴らしい先輩とご一緒させて頂けることに感謝し、トンボDuoもますます羽ばたきたいと思っています。

宗清先生がリーダーを務めていらっしゃるアロージャズオーケストラでも、
『J.J-standard』として、ジャズと日本の曲のコラボレーションをビッグバンドで演奏されています。
これまで2枚のCDを発売しています。
そして、なんと3枚目はアニメソングを取り上げるそうです!
2013年3月に発売予定とのこと。
楽しみですね。

みなさま是非、宗清洋さんのあたたかな音色を生演奏でお楽しみ下さい。
ライブハウスでお待ちしております。

・・・・・その5につづく♪

◆宗清洋(むねきよひろし)
ジャズトロンボーンプレイヤー
アロージャズオーケストラ バンドリーダー

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広島県出身。
1956年よりプロとして活動。
1959年 23歳の若さで結成2年目の「北野タダオとアロージャズオーケストラ」のメンバーとして入団。

その間、1969年には原信夫とシャープス&フラッツのゲストプレイヤーとして、
ニューポートジャズフェスティバルに参加。
NHK「世界の音楽」のトロンボーン紹介編のソリストとして出演。
バディ・リッチオーケストラの来日公演に参加。世界的アレンジャー、ギル・エバンスオーケストラの日本トップ演奏家を集めたレコーディングにも参加する。
また、エラ・フィッツジェラルド、クリス・コナー、ジュン・クリスティ、
ジョン・ピザレリ、ディジー・ガレスピー、ハンク・ジョーンズ、その他多数の
内外ミュージシャンと共演。
ジャズ専門誌スイングジャーナルの人気投票では、40年間上位にランクされる。
大阪音楽大学ジャズ科講師として15年務める。

2000年 尼崎市民芸術賞を受賞。

2008年 アロージャズオーケストラの創設者・北野タダオ氏の引退に伴い、新リーダーに就任。

◆アロージャズオーケストラ ホームページ
http://www.arrow-jazz.co.jp/ajo/
◆『J.J standard』情報
http://www.sound-c.co.jp/special/jjs/03/cd.php

♪『トンボDuo』 ライブ情報♪
「マイコとノゾミのお気楽音楽トーク」連載記念ライブ
コラムの内容に触れながらお届けする、実践ライブを企画いたしました。
詳しくは「NEWS & TOPICS」をご参照ください。

みなさまこんにちは。
歌・正木麻衣子&ピアノ・梅田望実の『トンボDuo』です。

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この度、「トンボデュオ」から「トンボDuo」に、ちょっぴり改名いたしました。
少しハイカラになりました。

「その2」から、しばしご無沙汰しておりました間に、猛暑もようやくおとなしくなって、
秋の気配がやってきましたね。
みなさま、お元気ですか?

今回のテーマは『ジャズと歌謡曲』
どうぞ、懐かしいお気持ちで、いつものようにお気楽にお付き合いくださいませ。

日本の音楽家たちは、ジャズと出会って「なんてステキな音楽が海の向こうにはあるんだろう」と感激し、
それをググっと自分たちの方へ引き寄せて表現するために大きく二つのことをしました。

一つ目は、英語詞に日本語詞を付けること。
「リンゴの木の下で」や「サイド・バイ・サイド」「私の青空」など、
美しい日本語の詞が生まれました。

二つ目は、歌謡曲。
ジャズのコード進行や響きを引用し、これまでの日本音楽に新しい風を吹き込みました。

この二つ目に着目されて、素晴らしいトロンボーン奏者であり、そして、現アロージャズオーケストラのリーダーである
宗清洋さんが、「ジャズと歌謡曲のコラボレーション」を企画されました。
その名も「J.J Twins」
そう、ジャズとジャパニーズの双子ちゃんです。

宗清先生とJ.J Twinsでご一緒させて頂き、5年。
先生の繰り出されるミラクルアイデアに感激しっぱなしです。

例えば・・・
名曲「ワークソング」と、平尾昌晃さんの「星は何んでも知っている」
J.J Twinsでは基本、ジャズはインストゥルメンタルで。歌謡曲に歌が入ります。
これが交互に出たり入ったりするのです。
まず、宗清リーダー率いるバンドで、「ワークソング」の演奏がはじまります。
2コーラス演奏したところで、歌が「星はなんでも知っている~♪」と入ってくるワケです。

ある日のライブで、私が歌い出したとたんに、最前列のお客さまがズベっとずっこけられました。
そりゃぁ、びっくりしますよね!
ウフフ。
でも、このコラボレーションがとっても楽しいんです!
そして、美しいのです。

みなさまも、ワークソングのメロディーとリズムを思い浮かべながら「星はなんでも~」と歌ってみてください。
いかかですか?
不思議なフィット感でしょう?

ずっこけたお客さまも、満面の笑みでとっても楽しそうに聞いてくださいました。

そう。 新鮮さに驚かれたり、懐かしさに思いを馳せたりして、
お客さまが笑顔になって下さるのが何より嬉しいユニットです。

他にも・・・
「Memories of You」と、ペギー葉山さんの「爪」
「Someday my Prince will come」と、坂本スミ子さんの「夢で逢いましょう」
「These Foolish things」と、ザ・ピーナッツの「大阪の女」
などなど・・・

歌詞にちなんだ言葉遊びバージョンとして、「ブルームーン」&「月がとっても青いから」なんて、
かわいいレパートリーもあります。

トンボDuoのライブでも、J.J Twinsの曲を演奏させて頂いています。
お客さまからリクエストを頂くほど、トンボライブでも定番となりました。
これからも大切に演奏して行きたいです。

なんと!
次回『その4』では、宗清洋先生がご登場くださいます。
ジャズと歌謡曲についてお話し頂きます。

どうぞお楽しみに。

・・・・・・・その4につづく♪

◆『J.J Twins』
2008年、ジャズと歌謡曲のコラボレーションを主に結成された、
宗清洋と正木麻衣子のユニット。
ライブ情報はこちら。
http://utamaiko.com

◆正木麻衣子1st CD 『そよろ』 
J.J Twinsより、「星は何んでも知っている」「港が見える丘」を収録。
http://artist.cdjournal.com/d/-/4110110621

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撮影:甚田高穂

撮影:甚田高穂

 最近、バタバタしていて、ライブに行くこともままならぬ毎日を送っていた。
 不思議なもので、ライブの興奮から離れると、体がそれを忘れるのか、「ま、CDでいいか」と、なる。とくにこう暑いと、外出が億劫になり、最近は、電力節減のため、一つの部屋に冷房をかけ、なるべく冷気が逃げないように、閉じこもって暮らしている。この引きこもり部屋でCDをかけていれば十分に幸福だとなる。

 けれども、先日、家の近くのライブハウスに出かけた。
 とりわけ暑い日だったけれど、アルトサックスの河田健さんとピアノの大友孝彰さんのDUOがあると聞いたからだ。河田さんはアロージャズで活躍中のベテランサックス奏者で、大友さんは若干25歳の若手ピアニストだ。親子ほどに年齢の違う二人が、がっぷりよつに組む、これは魅力的な演奏になりそうだ。

 そして、思った。
 やっぱりライブはいいなと。
 リハーサルのとき、お二人は細かく打ち合わせをしながらも、最後はこのことばで締めくくっていた。「ま、状況しだいで・・」
 そうなのだ、ライブは状況次第、どういう風にでも変わる。

 私が演奏された曲をノートにせっせとかきつけていると、
 河田さんが「後でメモあげますよ」と、おっしゃった。
 そして、演奏後、ボールペンで書き付けた曲目メモをくださった。
 お寿司屋さんの「本日のおすすめのお品書き」のように、その日によって、演奏する曲が変わるから、印刷しておくわけにはいかない。
 メモでさえ、変更がある。
 演奏直前に、急に変えた曲もあれば、お客様のリクエストで演奏した曲もあったからだ。

 まさに状況によって、刻々と演奏が変わるのだ。
 次に何が起こるかわからない。
 前から感じていたけれど、ジャズは、とくにライブは生ものだと改めて思い知った。

 ところで、生ものは新鮮さが命。
 暑い暑い夜だけに、ジャズマンはとりわけアンテナを鋭くし、いま、このときを彩る曲目を私たちに提供してくれたのだろう。グズグズしていると、腐ってしまうものね。

撮影:甚田高穂

撮影:甚田高穂

みなさまこんにちは。
歌・正木麻衣子&ピアノ・梅田望実の『トンボデュオ』です。

 お待たせいたしました。前回に続いてお気楽音楽トーク(その2)です。
 今回は大好きな映画音楽やミュージカル音楽に触れたいと思います。

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 ひとえに映画・ミュージカル音楽と言っても、その歴史には紆余曲折があったようですが、ここではタイトルの通り、『お気楽』なほうに焦点を当てていきたいと思います。

 ジャズミュージシャンによって作られたスタンダード曲が出てきたのは、1940年代の後半からだったようです。今、ジャズのスタンダードとして演奏されている曲の多くは、映画やミュージカルのために作られた音楽でした。

 例えば・・・・・・・・

◆今ではすっかりジャズの定番曲の♪二人でお茶を(Tea For Two)。
 ドリス・デイ主演の映画(1950年)でヒットしたことは有名ですが、もともとミュージカル劇「ノー・ノー・ナネット」(1925年)の挿入歌として作られたもの。

◆ラテン、スウィング、時にはロック調で演奏される♪サマータイムは、ガーシュイン作のオペラ「ポーギーとベス」より。

◆日曜洋画劇場のエンディングで流れていたあの壮大な曲♪So In Loveは、コール・ポーター作のミュージカル「キス・ミー・ケイト」より。

◆ビル・エバンスでお馴染みの♪You Must Believe In Springは、ミシェル・ルグラン作のミュージカル「ロシュフォールの恋人たち」。

◆今や定番中の定番曲でジャズミュージシャンによってさまざまに料理されている♪Days Of Wine And Rosesは、映画「酒とバラの日々」より。ヘンリー・マンシーニ作曲です。

 このように、現在スタンダードと言われている曲の多くは、原曲に魅了されたかつてのジャズミュージシャンたちによって、新たないのちを吹き込まれたのです。

 時代をさかのぼってオリジナルを聴いていると、その頃の時代のにおいがしてくるような気がします。映画やミュージカルが人々の娯楽として、また憧れとして生活に根付いていたのだなと感じます。

 好き!と思う気持ちってキラキラしていて素敵ですね。私たちも曲のもつ素晴らしさや、先人たちの熱い思いを大切にこれからも演奏していきたいと改めて思います。

 皆さまもぜひ当時の映画やオリジナル曲に触れてみてください。するとジャズミュージシャンがいかように料理しているかが見えてきて、もっともっと楽しく響いてくることうけあいです!

・・・その3につづく♪

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ベーシスト畠山 令さんとのDuoでBucharest International Jazz Competitonセミファイナルに選考され、5月11日から19日までルーマニアのブカレストに行ってきました。

このCompetitionはEuropa Jazz Festの一環で24カ国から25バンドが出場しました。セミファイナルは50~60分のステージ、課題曲『 St.Thomas 』で審査されます。

私達がいつ演奏するか、どこで演奏するかなどの詳細情報は全て現地に到着してからのことでした。

主催者から指定されたホテルに集合し、そこからがこのCompetitionの幕開けとなりました。(Europa Festa出場者を含め300人のミュージシャンが同じホテルに滞在)

私達はCompetition2日目、13日の演奏となりました。

実はこのCompetition,  練習場所が用意されていませんでしたので、日本を出発して3日目、これ以上楽器を弾かない日が増えていくのは不安ですから13日の演奏は私達にとって好条件でした。ただ、ベースは日本から持っていけず、再三にわたって確認はしましたが、演奏当日ぎりぎりまでどこで調達すればいいのかわかりませんでした。

海外ではこういう、いきあたりばったりなこともめずらしくありませんので、何事も柔軟に対応するという心構えはひとつ勉強にもなったことです。

演奏場所は100年もの歴史のあるOdeon Hall

Competition第1日目は250席くらいのホールが満員、立ち見まで出て大賑わいになりました。私は「明日こんなにたくさんの人に演奏を聴いてもらえるんだ」と思うとうれしくなり興奮がおさまりませんでした。

ちなみに、この日はリハーサルから見学して、合間に街を散策しましたが、このあたりは古い建物、教会がたくさん残っていて、そんな中にカフェテラスやおしゃれなショップが立ち並ぶ素敵な場所です。お茶をしながらいつまででもゆっくりしていたい、そんな場所です。夜もこの地区で夕食を食べましたが、ルーマニア料理は日本人好みの味付けで肉団子のスープやグラタール、ブルンザやクラティテなどどれも感動するくらいおいしいです。

そして、本番を明日にひかえ、私達ができることはイメージトレーニングだけでした。

お気に入りのCDをたくさん用意していましたので好きな音楽を聴いてモチベーションをあげていきました。Art Tatum, Charlie Parker, Ray Brown, Ahmad Jamal, Wynton Marsalis, Benny Green, Geri Allen, Brad Mehldau, Jason Moran…などなど

音のない空間でのイメージトレーニングも1時間ほど行い集中力をあげていきました。

本番当日になり、体調も万全。ベースも無事調達でき、リハーサルも問題なく進んで、本番をとてもよい状態でむかえることができました。

それぞれのオリジナル曲,全4曲に加えてReflection/Thelonious Monk,
課題曲であるSt.ThomasはベースをFeatureしてEven 8thのアレンジで演奏。

リラックスして,チャレンジしながら、楽しんで演奏しました。

たくさんのあたたかい観客にも恵まれて大声援の中ステージを終えることができました。

ブカレスト滞在中このCompetitionでたくさんのバンドを聴き、夜は滞在中のホテルのバーでのセッション、どのバンドもエネルギッシュで個性的で素直で音楽に対して情熱的で本当にたくさんの刺激を受け、大切なものをもらいました。

Competitionの結果は残念ながらファイナルに進出することができませんでした。

今回は良い結果をだすことができませんでしたが今の自分を精いっぱい表現できたことを誇りに思い、めげずに次のステップに向かってこれからも音楽を楽しもうと思います。

たくさんのミュージシャン、音楽に出会えたこと、何より初めての海外での演奏でとても楽しめたという経験がこれからの私にとって大きな自信になることでしょう。

一緒に演奏をした畠山令さん、応援してくれた人、出会った人、音楽に感謝します。

最後に

ブカレストという街はたくさんの色彩を持った街でした。

青、赤、黄、意思のある色

淡くただよう空色、きらきらと輝く年月の色、

鮮やかな民族衣装や陶器、刺繍やイースターエッグなどの民芸品もそれぞれのように。

力強くて優しい光の中の静かな影、神秘的で魅力的な街でした。

ブカレストを発つ日、街にはきれいな虹がかかっていました。

   吉田 優子

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 ジャズファンと落語ファンはかなりの割合で重なっているような気がする。落語家さんの中にも桂南光さんのようなジャズファンもいらっしゃるし、反対に山下洋輔さんのような落語ファンのジャズミュージシャンも多い。スタンダードナンバーと古典落語。中身はよく知っている内容のものであっても、演者によって「それ」をどう演じる(演奏する)かを楽しむのがその醍醐味というのも同じだ。  かく言う僕もラジオ関西の「電話リクエスト」で、ジャズの魅力に開眼したのとほぼ時を同じくして、「歌え!MBSヤングタウン」の司会をしていた桂三枝さんをとっかかりにして、落語の魅力にもはまっている。

 落語家は師匠や先達の名前を襲名することが多い。米朝さんのように一生同じ名前で通し、名前を大きくしていった方も中にはいらっしゃるのだが。生で落語を聴くようになったころ、桂小米さんが「枝雀」を、桂小春さんが「福團治」を、笑福亭光鶴さんが「枝鶴」を襲名し、その襲名披露の模様をテレビで見て、その厳かで華やいだ雰囲気に引き込まれた。その後、市染さんが「染語楼」を、染二さんが「染丸」を、小文枝さんが「文枝」を、べかこさんが「南光」、花枝さんが「あやめ」を、小米朝さんが「米團治」を襲名する襲名披露を生で見て感じ入ったものだ。それぞれの時に漫才の人がお祝いに出演するのだが、落語より生を聴く機会が少ない漫才をこういうときに聴けるのもうれしかった。くにお・とおるさん、寛太・寛大さん、いとし・こいしさん(「不細工で思い出したけど、君とこの嫁はん元気か?」というやつだった)の至芸に僕はこれらで触れている。

 このたび桂三枝さんが「文枝」を襲名する。長年にわたってテレビやラジオで全国的に知られた「三枝」の名前を捨てるのはかなりの冒険なのではないか。襲名する「文枝」が上方落語の大名跡であるにしてもだ。

 入門当初からラジオ・テレビで人気を博した三枝さんだが、近年は創作落語を数多く作り、演じ、また長らく関西にはなかった落語の定席「天満天神繁盛亭」を作るのにも上方落語協会会長として尽力された。

 大名跡「文枝」に相応しいのは先代文枝の筆頭弟子であることを除いても、誰もが納得することだ。

 新文枝の誕生を心から祝い、できればその襲名披露(神戸でも行われる)に足を運びたい。

みなさまこんにちは。

歌の正木麻衣子と、ピアノの梅田望実です。
私たちは関西のライブハウスで「トンボデュオ」として活動しております。

二人で演奏して行く中で気付いたことや感じたことを、
数回に分けてお話しさせて頂きます。
どうぞリラックスしてお付き合いくださいますと嬉しいです♪

ジャズが大好きな私たちですが、演奏する楽曲のジャンルは様々です。
ロックやクラシック、歌謡曲、民謡・・・ジャンルを問わず
大好きな曲に飛びついて、私たちなりのジャズを形にしたいと考えています。

堅苦しく言えば、コード進行やリズムなどアレンジの話になって来てしまうけど、
ともかく第一に、私たちの大切な曲を大事に紡ぎたい思いです。
デュオ名の由来も「トンボがお気に入りの棒に止まるように、
二人の好きな曲を演奏しましょう」ってコンセプトから付けてみました。

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最近のお気に入りは「朗読ライブ」です。
急に話が飛んじゃったみたいですが、朗読とピアノの即興で紡ぐステージは
やればやるほど、ジャズだなぁと感じるようになりました。
お話を頂いた時には、初めての試みにドキドキしましたが、
その奥深さに触れて、生みの苦しみさえも今ではすっかり楽しくなりました。

朗読と共に、八木重吉さんの詩「不思議」には、サックスプレイヤーまた
アレンジャーでもある宮哲之さんに作曲をして頂き、
「星の王子さま」ではミュージカル版の曲「あれはただの麦畑」に感激して
キツネさんに焦点をあてました。

『くにの まわりに せんを ひいたのは だれなんですか』

これは、アメリカの子供たちが書いた神様へのお手紙を絵本にした、
谷川俊太郎さん編「かみさまへのてがみ」からの一編です。

言葉の持つ力強さや優しさにピアノが即興で寄り添うのも、
私たちにはジャズに思えます。

中でも即興が色濃かった演目が「吾輩は猫である」でした。
哲学的でありながらも愛嬌いっぱい。
まさに猫の目のようにくるくると変わる「吾輩」の語り口には
ミュージシャンとしてそそられるものがいっぱい詰まっていました。

『みんなちがって みんないい』
金子みすずさんの言葉が大好きです。

ジャズをいろんな形で楽しみたい、そしてなにより、楽しんで頂きたい。

ぷうっと膨らんだ風船をひとつひとつ割って行くと、中から思いがけないサプライズが
飛び出して来るようで・・・まだまだたくさんの試みが待っていると思うとワクワクします。
先のミュージシャン達も、素敵な楽曲に出会っていろいろな試みをしました。
そのあたりを、次回のお気楽音楽トークにてお話ししたいなと思います。

・・・その2につづく♪

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 高田渡さんが亡くなってこの4月で丸7年になる。映画『タカダ・ワタル的』が作られたことによって新たなフアンも増え、積極的なライヴ活動をスタートした最中、ツアー先で倒れて入院、そのまま帰らぬ人となったというのが返す返すも残念だ。世間に喧伝されているように彼は決して酒の飲みすぎで亡くなったのではない。

 日本のフォーク界における超大物という印象だが、亡くなった年齢は今の僕より若かった。

 僕が初めて渡さんの歌を聴いたのは中学3年生の時で、その時の渡さんは20歳になるかならぬかという年恰好なのだが、既に大物の風格があった。まだまだアメリカン・フォークのスタイルだけまねをして愛だの恋だの、星だの海だの歌うことが一般的だった日本のフォークソングシーンにおいて東西の詩人の詩や演歌師・添田唖禅坊の書生節をアメリカ民謡をドッキングさせるなどして辛辣な社会風刺や、大人の男の心情を歌う彼の歌もそんな風格と相俟って、単なるフォークソングというよりもたとえばフランスのジョルジュ・ブラッサンスにも通じるジャンルを超えた凄味があった。ここではレコードを出したばかりだった細野晴臣、大滝詠一らによるロック・バンド・はっぴいえんどの演奏や、バンドネオンの音が彼の歌にさらに深い陰影を付け、壮大なスケールを感じさせるものだ。

 73年に出た彼のアルバム『石』では、園田憲一とデキシ―・キングスが参加、昭和初期に流行した「私の青空」やデキシーランド・ジャズ風の自作曲(詞は近代詩人のもの)のバッキングを担当しているのだが、これがいい。戦前の榎本健一や岸井明、二村定一らの歌に匹敵するジャズソングになっている。

 その年、このころは毎年、天王寺・野外音楽堂で開催されていた野外コンサート「春一番」(奇しくも同じ年には山下洋輔トリオも出演し会場にいた僕はこの壮絶で魅力的なジャズの生に初めて触れてもいる)にレコードと同じく園田憲一とデキシ―キングを引き連れて出演、レコードよりさらに美しいグルーヴの歌と演奏を聴かせた。この模様はキングからでたコンサートのライヴ盤にも収められた。

 だが、予算の関係上、コンサートでこういうことができる機会はあとほとんどなく、なんとか音的にもレコードに近いものをライヴでもやりたいと彼はその後、高田渡とヒルトップ・ストリングス・バンドを結成。佐久間順平、大庭珍太、小林清という名うてのメンバーのバンジョーやギター、ウッドベースを得て、ステージでも楽しそうにデキシ―ランド・ジャズ風の音楽をやっていた。高田渡とヒルトップ・ストリングス・バンド名義では『バーボン・ストリート・ブルース』という名盤を一枚残している。

 ここに書いた彼のアルバムはすべてCD化され、現在でも簡単に手に入る。日本のフォーク・ソングなどほとんど聴いたことがないというジャズ・フアンはぜひ一度、これらの音盤に耳を傾けていただき、ジャンルを超えた彼の美しい音楽に触れてほしい。