e5b1b1e58685e8a9a9e5ad901こんにちは。シンガーの山内詩子です。
GIRL’S TALK初参戦です。よろしくお願いします。

私は熊本の水俣出身で、
山と海に囲まれた街でのびのびと生まれ育ちました。
神戸は、修学旅行でパーっと通り過ぎただけの街。
その、「パーっと通り過ぎただけの街」で、
まさか自分が歌う機会に出会うだなんてね。
しかも、Jazz!!え?わたし、そんなにJazz好きだったっけ?
ほんとうに不思議な縁です。

神戸Jazzといえば・・・。
私が語るより、
聞きたいことの方が断然多いですね。

神戸の街に始めてジャズが流れ出した頃のこと、
一番最初に神戸で歌われたJazzシンガーのこと、
私が生きてきた時代の神戸Jazzシーンの移り変わり、
どんな編成でどんな曲を演奏してたのかとか、
どんな服装で?どんな人と?やっぱりデート?
Jazz喫茶のこと、ライブスポットのこと、
神戸といえばこのナンバーとかあるの?などなど・・・。
そして、あるエリアに行けば、
一晩で「ライブのハシゴが出来る」なんてのも、とても興味深いですね。
神戸Jazzを楽しむ特徴のひとつなんでしょうね。

戦争、大震災、海、山、坂道、
歌う事で出会えた人、音楽。
「通り過ぎただけの街」は、
Jazzを歌うという事で、沢山のものが自分に繋がっていくキッカケをくれた街になりました。

さて、神戸Jazzと私。どんな風にこの関係が育っていくのか・・・。
楽しみながら歌っていきたいと思います。
みなさま、ぜひぜひライブ会場へお越しくださいね。
お待ちしてます。

山内 詩子
<プロフィール>

幼少の頃、ピアノレッスンに通いながら歌い出し、
高校から本格的に声楽を始める。
高校卒業後、大阪音楽大学 音楽学部声楽学科入学。
オペラやドイツリート等のクラシック音楽にどっぷりと浸かりながら、
発声の基礎などを学ぶ。
音大を卒業後も、、クラシックのレッスンを続けるが
ボーカルグループに参加を機に、ゴスペルやソウル音楽などに触れ、
                                 クラシックから転向。
ボーカルグループでの活動を開始する。
                                                       
ア・カペラから楽器とのセッション、様々な演奏形態でライブを展開し、
京都音楽祭にて、審査委員特別賞受賞や、
ゴスペルの巨匠ダリルコーリーライブの
    オープニングアクト、共演等、数々のステージ出演を果たす。

2005にJazzLatinUnit「味娘 Ajims」にゲストボーカルで参加。
2006には、台湾の台北にてライブツアーを行い、
2007にはボーカル参戦の2ndAlbum「Alchemy Taste」を発売。
秋に再び台湾ライブツアー台北、台中にてライブを行う。
台中では、「台中Jazz Festival」に、日本代表として参加。
2008には「中国上海ミュージックフェスティバル」に参加。大好評を博する。
ボーカルグループ解散後、ますます精力的にライブ活動を行っており、
Bass+Voの単音ユニットや、ボイスパーカッション、口笛、
ループマシン等々を取り入れながら、
持ち前の好奇心を抑えることなく、
JAZZ、ポップス、にほんのうた、オリジナル・・・・、
ジャンルの垣根を取り払った幅広い音楽性と、
クラシックで培ったテクニックを駆使し、
自由な歌を信条として歌い続けている。

熊本県出身 大阪在住


記事

jazztaxi2 ジャズの響きとともに神戸の夜をクルージングする「神戸ジャズタクシー」が2月27日からモニターツアーを始めます。

 3月31日までの期間限定で、ディナーやバータイムを楽しんだあと、夜景の名所である「ポーアイしおさい公園」(ポートアイランド)で星空ライブを楽しむロマンチックな一夜を演出します。ジャズ好きの彼女を誘ってホワイトデーのデートコースにいかが?

 「神戸ジャズTAXI」は、スイーツタクシーなどユニークな企画でおなじみの近畿タクシー(神戸市)と、老舗ジャズクラブ「サテンドール神戸」のタイアップ企画。午後6時半からディナーとライブを楽しんだあと、タクシーでポートアイランドへ。しおさい公園のミニ野外コンサート会場で、ジャズラブソングに耳を傾けながら1000万ドルの夜景を楽しめます。野外ステージの企画には神戸学院大学の学生たちが協力し、JAZZYな夜を演出します。

 料金は、期間限定のサービスで(1)ディナーコース(食事つき)ペア29700円(2)バーコース(フリードリンクつき)ペア24800円。

 申し込み・問い合わせはサテンドール神戸078・242・0100

関連記事:「さんのみやポータル」ブログ
動画

 神戸市灘区の水道筋商店街内にある老舗紳士服店「ゑみや洋服店」は2月28日、店内で若手音楽家の生演奏が楽しめるジャズライブ「Sound Tailor EMIYA(サウンド テーラー エミヤ)」を開く。今後も年8回のライブを予定している。
 20―30代の若手音楽家に発表の場を提供し、訪れた人には洋服店の雰囲気と音楽を同時に楽しんでもらう。顧客向けだったライブを一般にも開放した。
 同店周辺には、ライブが楽しめるうどん屋やカフェなどがあるほか、同商店街も2006年から「水道筋ミュージックストリート」を開催し、地域を上げて音楽活動に取り組んでいる。
 江見真也店長(36)は「自宅では味わえない老舗店内のしつらえや生演奏の良さを、たくさんの人に知ってほしい」と話す。先着順30人。1ドリンク付きで前売り1500円。事前申し込みが必要。同店のフリーダイヤル0120・86・2917
(阿部江利)
2009/02/24神戸新聞地方版

ライブで歌っていると、見えない音を感じることがあります。

言葉で表すと、“シーン”。・・・白けたほうの意味ではないです。しかも字に書いてみると、全然思っている雰囲気になりませんが・・・。

いい緊張感でサウンドが広がり、客席と一体になっている感覚。

それを感じると、安心して歌えたり、どんどん開放されてより演奏が広がったり、時には体の内側からわなわなと震えてくることもあります。

なんで震えるのかなといつも不思議だったのですが、考えてみると、聴いてくれている人の目の力なのではないかと思います。にこやかな目、おだやかな目もあれば、集中し凝らされた目、色んな目の表情から出る力に感動しているんだと思います。

一体感のある演奏のエンディングで最後の音が鳴り終わった瞬間、これまた(いい意味の)“シーン”とした時間が生まれたりして、こういう時はもうたまりません。

演奏する側と聴く側とで一緒に音楽をしたな、と実感します。

残念ながら私の場合、何か仕出かして“しーん”とさせてしまうこともなきにしも・・・ですが、どうぞ皆さん、色んなライブで色んな音を楽しんで下さいね。

升本しのぶ
プロフィール



e58d87e69cace38197e381aee381b61

suehiromitsuo

 近年、音楽ジャンルの多様化により、デキシーやスイングの伝統的なジャズは、世界的に沈滞ムードにある。そんな中、「日本のジャズ発祥の地」として神戸をアピールする「ジャズストリート」などを企画・運営する一方、自ら執筆・発行する情報紙「ホットジャズライン」も「五十号」を迎えた。この道半世紀を超える音楽プロデューサー末広光夫さんに、同紙で昨年から始まった新連載「回る回るジャズが回る―音盤とともに50年」を基にジャズ人生を聞いた。(神戸新聞編集委員 山崎 整)
(この記事は2008年1月28日神戸新聞朝刊に掲載されました)

 ―どうして神戸に。

 「東京に生まれて育ったが、千葉農専(現千葉大)の学生だったころ、FEN進駐軍放送から流れるジャズにはまってしまい、学校にも行かなかったのが親にばれた。そのころ尼崎で化学機械の製造会社をやっていた父親に呼び戻された」
 「学校を中退して親の仕事を手伝いながらも頭の中はジャズばかり。夜ともなると、バンドが入っている大阪や神戸のダンスホールに飛んでいき終電で帰ってくる、ジャズ漬けの生活だった」

 ―家業を継ぐ意思は。

 「全くなかった。でも人生うまくしたもの。当時、朝比奈次郎と名乗っていたジャズ評論家で、生糸会社の経営者でもあった油井正一さんがラジオ神戸で担当していた番組の『選曲者』をやらないかと声を掛けてくれた。大阪でドラムのクルーパーを聴いた帰りの電車の中だった。喜んで引き受けたのが人生を決めた」

 ―渡りに船の幸運。

 「確かについていた。ラジオ局に入ったその年のクリスマスイブに、かねて提案していた『電話リクエスト』の許可が下り、やがて看板番組になったことも恵まれた。それに何といっても、民間放送のスタートと僕の音楽人生が重なっていることが一番の幸せかな」

 ―ラジオ以外には。

 「これまた戦後の文化興隆の波に乗り、労音によるコンサートが全国展開された。その司会兼解説役として中部から広く西日本一帯を担当した。多くのミュージシャンの公演ツアーに同行し、最盛期には年間百カ所も回った。クラリネットの北村英治さんやピアノの秋満義孝さんらは、当時からの付き合いだから、もう半世紀になる」

 ―でも、ジャズの人気には浮き沈みがあった。

 「ビートルズの全盛期には、ジャズは隅に押しやられたし、後にも波があった。これではジャズが衰退してしまうと危機感を持った。全日本ディキシーランドジャズフェスティバルや神戸ジャズストリートを仕掛けたのも、ハッピーなジャズの楽しさをもっと広く知ってもらいたかったから」

 ―すっかり恒例イベントに定着した。

 「せっかくできた固定ファンや愛好家たちに関西ジャズシーンの情報を定期的に伝えようと『ホットジャズライン』を創刊した。一九九一年から今年で十八年目になる。東京中心ではない地元のニュースを優先させた」

 ―昨年から「音盤とともに50年」が始まった。

 「書き始めると、泉のように思い出がわき出てくる。戦後、ショックを受けたのは、古道具屋で『セントルイス・ブルース』のレコードを買ってカップリング曲がつまらなかったと文句を付けたら、店主の言葉が至言だった。レコードの始まりは片面だから裏面は無料サービスだと」
 「四年前に閉院した大阪の白壁美容外科の創業者・白壁武弥さんが関西スイング愛好協会の会長で、ものすごいレコードコレクターだった。その自宅に招かれて整理を頼まれたことは忘れ難い。米軍専用の『Vディスク』も、かなりあったのには驚いた。販売が禁じられていて、のどから手が出るほど欲しかった。ダブリはあげるからと言われて必死に探した。何しろ両面に計四曲入ったビニール製SP盤という珍品も含まれていたからね」

 ―六月に連載三回目が出るが、まだ先は長い。

 「国会議員の石井一さんの父で、西宮にあったタイヘイ・レコードの社長だった広治さんから、米国で大人気を誇っていたノーマン・グランツが率いる演奏家グループのJATPが来日し、そのライブ盤を発売すると聞かされたときは信じられなかった。『拍手喝采(かっさい)の入ったレコードや。期待してな』と言った関西弁は、まだ耳に残る。ジャズのライブ盤も珍しかったし、それを身近な西宮の会社が企画・販売することの二重の意味で、とても新鮮だった。こんな輝いていた関西を、今後も輝かせるためにも、連載はまだまだ続けるよ」

▽すえひろ・みつお 1929年東京生まれ。ラジオ神戸(現ラジオ関西)開局と同時に入局以来、ジャズ・ポピュラー音楽のプロデューサー。「神戸ジャズストリート」などを生み運営、情報紙「ホットジャズライン」も発行。サントリー地域文化賞などを受賞。神戸市在住。

〈ひとこと〉

 末広さんに初めて会ったのは九三年春、「音楽生活四十周年」を祝うパーティーだった。ホットなジャズが小気味よくリズムを刻み、合間のインタビューも音楽に負けない軽快なトークぶりだった。以来十五年、年齢は七十九歳に達したが、語りは衰えを知らない。数々の試みを成功させた仕掛け人が唯一、成し得ていない「ジャズ博物館」構想―。ぜひ神戸に実現してほしい。

長井美恵子

神戸、阪神間を中心に演奏活動している長井美恵子です。

日々の演奏で悩んだり苦しんだりしながらも、大好きなジャズを幼少の頃からずっと弾き続けているピアノで演奏して、それを仕事にしているというのは何て幸せなことなのかと実感している毎日ですが、私がジャズに出会ったのはヒョンな事からでした。

 昔、ある音楽教室の講師に採用され、何週間かの講習を受けた後いよいよ現場の教室を任されるのですが、その中に何とまぁ電子オルガンの生徒の数が多いこと・・・!

ピアノ講師で採用されても、会社のシステムで電子オルガンの資格もすぐにとって生徒を待たないといけないとは聞いていましたが、私が任された生徒の中にはオルガンの講師を目指すレベルの子が二人もいるし、それ以外にも私よりも上手い子がいっぱいいるやん!!

ていうか、まだ2回か3回しかオルガンの講習を受けたことのない私は、楽器をまともに鳴らすこともできないし、コードもチンプンカンプン?!何かの手違いで電子オルガンの資格をもった講師と勘違いされたようです。

が、しかし、もうレッスンは始まるし・・・私が習うことになったオルガンの先生に全員のレッスンをシミュレーションしてもらいながら必死で乗り越えました。と、同時に私自身も一日も早く電子オルガンをマスターし、コードや即興演奏もこなせるように練習の毎日。

当時オルガンは家になかったので、レッスン室に2、3時間前に入って自主トレ。生徒が帰った後も教室を借りてずっとブンチャカブンチャカやってました。

これがクラシックピアノだけしかやってこなかった私には転機になったのだと思います。コードの勉強や即興演奏を練習するうちに、どんどんジャズに
傾いていきました。自宅に楽器を買い、三年間はオルガンにはまっていたのが、突然にピアノでジャズが弾きたい!と思い立ち現在に至るのです。

 今にして思えば、何と幸運なミステイクだったのかと。時間を忘れてまで必死に没頭できるものをみつけるのに、私は何の苦労もせずに出会えた訳ですものね!

 長々と書き連ねましたが、こんな私がピアノの演奏を通して日々感じることや、ミュージシャンサイドのおもしろい話など、お伝えできることを探してみようと思います。よろしくおねがいします。

長井美恵子
<プロフィール>

神戸市出身

カワイ音楽教室の講師を経て、ジャズピアニストに転向する。

アメリカ バークレー音楽大学教授 竹中真氏、
ベ-シスト・コンポーザー 石橋敬一氏、
ピアニスト竹下清志氏、フィリップ・ストレンジ氏 に師事。
また、数回のアメリカ旅行で、本場のJazzに大きな影響を受ける。

2001年、ネクストレコードよりジャズコーラスグループ
“Heaven-Kissing”のメンバーとして、
ファーストCD「Impressive Moment」をリリース。

2004年、本格派ジャズボーカリスト 矢野麻衣子の
ファーストアルバム「Everything must change」に参加する。

繊細さと華やかさを併せ持つジャズパフォーマンスには、定評がある。

現在、関西のライブスポット・ホテル・イベントなどで、幅広く活動中。

双子座 B型。

jazzsteel
 鉄筋を曲げ、溶接してつくったジャズの演奏家たちが並ぶ徳持耕一郎さん=鳥取市=の作品展「音楽を奏でる鉄の線」が14日、豊岡市日高町栗栖野のブルーリッジホテルで始まった。背景や影などとともに無機質な鉄筋が織りなす表情豊かな作品が並んでいる。
 徳持さんは1957年生まれ。版画に取り組み、89年、ニューヨークで個展を開いた際、ジャズに魅了された。ツアーに同行してスケッチなどを続ける中で、鉄筋彫刻の手法を発案した。
 会場には鉄筋彫刻13点と銅版画2点が並ぶ。鉄筋で立体的に描かれた線はシンプルでありながら、見る角度によって表情を変え、ベースやピアノ、ギターなどを躍動的に演奏する姿を伝えている。
 観覧無料。22日まで。

梅田望実

このたびはサイト開設、おめでとうございます。

“ジャズの明るい未来にむけて!”
この素敵な企画に参加させていただけることに、大きな喜びとトキメキを感じています。

ジャズが何かもわからず、ただ不思議な魅力に惹きつけられ、未知なる世界の扉を開いたことで人生大きく変わりました。

ジャズを通して出会った心温かい人たちのおかげでとても幸せです。

昔、こんなことを聞かれたことがあります。
『なぜ、あなたは音楽をしているの?』

正直、それまで意識もせず深く考えたこともなかったその問いに、
『好きだから』と答えました。

でも、『それだけかしら?』
私の中で問答が始まりました。

感覚的なことは考えれば考えるほどわからなくなるもので、自問自答の繰り返しでした。

そんなある日、何気なくみていたテレビ番組の中で、画家の東山魁夷さんの『描くことは祈ることだ』という言葉を知り、この美しい表現に胸を打たれました。

(朝の番組だったのですが、パチッと目が醒めました^^)

生意気ながらも胸にストンとおちたのです。

そうして見つけた答えは”平和”という文字。

イメージは地球の上で各国の子どもたちが手をつなぎ輪になって踊っているシーンです。
そんな願いをこめて演奏をする、平和を願い祈り続けていくことが、今の自分にできる精一杯のことだと思いました。

ジャズを表現するのに、”一期一会”というのはどうかと思い、ここでちょっと辞書をひらくと、

『一期一会:一生に一度しかない出会い。一生に一度かぎりであること。』
とありました。

真っ白いキャンバスに描かれた絵に再び同じものはないのですものね。

なんてロマンに溢れ、時が流れていること、その流れの中に自分もいることを実感できる言葉でしょう!

感謝の気持ちで胸が熱くなります。

そんな、生命力ある素晴らしい音楽”ジャズ”が人々の心のよりどころとなれば、明日からも力強く生きていけそうな気がします。

このサイトを通して出会った皆さまとの出会いにも感謝して!!!

 

梅田望実

<プロフィール>

幼少の頃にピアノをはじめ、クラシックや映画音楽に影響を受けながら育つ。
大学卒業後ジャズに惹かれピアノを北野タダオ氏に師事。
アロージャズオーケストラと大阪フィルハーモニーの合同演奏会にも参加。
現在、尼崎を中心に少しずつ演奏活動をしている。
音色を大切に愛情込めて演奏することを心がけている。

好きな音楽:メロディックでロマンティックなもの。
オスカーピーターソンの作曲したバラードやノリの良い音楽。
コールポーター、ガーシュイン。

好きな絵:中原淳一さんの絵、レイモンペイネの絵。

好きな映画:慕情・カサブランカ・晴れた日に永遠が見える・追憶etc.

特徴:”古きよき時代”という言葉に憧れを抱き思いを馳せている。

唯一わかる星はオリオン座。

10月生まれのてんびん座B型

nojazz ハリケーン「カトリーナ」の被害を受けた米国・ニューオーリンズの復興計画の関係者らが八日、兵庫区松本通六の松本地区まちづくり協議会事務所を訪れた。住民ら約二十人と意見交換し、自然災害からの街の復興について語り合った。(川口洋光)

 「神戸とニューオリンズのジャズ交流実行委員会」などの主催。同委員会副委員長を同協議会の中島克元会長が務めていることがきっかけで、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた同地区で開くことになった。七日に来日した三人が参加した。
 ニューオーリンズ側の参加者は「カトリーナの被災から三年半たつが、震災から三年後はどんな様子だったか」と質問。住民は「くい打ちや整地が始まったぐらいだった。復興後の土地の条件やライフスタイルなどを検討するのには、二、三年でも短いくらい。復興は急ぐべきではない」などと答えていた。
 また、参加者らは同地区内を歩き、震災後に整備された公園やせせらぎを見て回った。
 コミュニティープランナーのボビー・ヒルさん(56)は「まちのデザインが画一的ではないのが印象的だった。震災から十四年を経た神戸の話をニューオーリンズでも伝えたい」と話していた。
 同協議会の中島会長は「評価してもらい、今後の活動の励みになる。復興まちづくりの成功も失敗も伝えられたと思う」と振り返った。
2009/02/10神戸新聞地域版