nagaimieko

 ちょっと、ご無沙汰してしまいました。
今年の最初にコラム書いたっきりで気がつけば7月・・・
梅雨でジトジト鬱陶しい日が続いてますね。

 今年前半は公私ともにバタバタで、あっという間に時間が過ぎてしまいましたが、そんな中で、これはコラムに書かなくては~!っと思ったのは九州のコンサートです。

 4年前にボーカル+ピアノトリオで演奏に行った福岡県八女市に、今回は自分のラテンジャズバンドにオファーを頂き、半年かけて準備し5月14日に無事楽しく演奏をさせていただきました。

 200人もの大勢の方達に聴いていただけたのですが、八女の人達は前回も感じましたが本当に心暖かくコンサートを自ら楽しもうという姿勢が伝わってきて、客席とステージが一体になれるんです。

 例えば、MCで何気なく客席にふった言葉に手を挙げて応えてくださったり、演奏も拍手で大いに盛り上げていただき私達も通常ライブ以上にヒートアップしました。私のオリジナルを一曲入れたのですが「ブラボー!」と、かけ声をいただいたのは、メチャメチャ嬉しかったです。感謝!感激!

 さて、旅の演奏にはもう一つ楽しみがあって・・・打ち上げ!!!花火、、イヤッッすんません m( _ _ )m 自宅に親父ギャグを連発する人がいて伝染するみたい?

 飲み会ってヤツですっ。

 もう盛り上がるの、なんの。だって、帰らなくていいんだし、ホテルすぐ近くだし、最高のメンバーだし、・・etc・・こんな好条件についで、九州はお酒もお料理も最高に美味しいときたら、そりゃもうね~。コンサートを主催してくださった方々の暖かい心遣いで、二次会も企画していただき、沢山の方と一緒にコンサート後に飲むって至福の時です。

 ということで、後半は全く記憶にございません。。

 ただ、私はホテルの部屋に戻り一応シャワーは浴びてから沈没したようなんですが、メンバーの一人は部屋に入ったとたん着の身着のまま気を失ったらしく、明け方「寒いっ。」と気がついた時、一瞬自分の置かれた状況がわからなかったらしいです。

 でも、日頃の演奏の後は車で行ったら飲めないし、電車でも何分にも遅い時間帯の仕事なので、すぐ終電になってしまいます。たまの演奏旅行の時ぐらいはいいですよね。

 そんなこんなで、また何処かで新しい楽しい出会いを音楽を通じて持てることを期待しつつ、このへんで失礼します。

長井美恵子

今回が昨年に続き第2回目となる「フラワーロード沿道まちづくり協議会」主催の「にぎわいフェスタ」で、ジャズライブが中心のイベントです。

8月15日(日) 13:00~17:30で、場所は新神戸オリエンタル劇場。入場料は無料です。

ジャズライブは、4つのステージに分かれていて、最初は、トロンボーンの井出正雄さんとクラリネットの滝川雅弘さんによる「懐かしのオールドジャズナンバーズ」と題してスイングジャズの数々が紹介されます。

次が、ボーカルの正木麻衣子さんによる、「ジャズ・フォー・キッズ」でディズニーの曲を中心に、次に「ジャズの街~神戸」によるジャズフォーラム、「ジャズ・フォー・ウエディング」と続き、最後は神戸出身で今は東京で活躍しているボーカルの北浪良佳さんによるライブです。

昨年は、500人以上の方が来場し、ジャズを楽しんでもらいました。

flowerroad_nigiwai

 ジャズが流れる「Bar Martini」では、毎年、ジャズのライブとともに神戸港のクルージングを楽しんでもらう「Sunset Jazz Cruising」を企画しています。今年は第9回となります。

神戸港の周遊船「オーシャンプリンス」で、1階では「マティニーオールスターズ&浅香久志」にピアノの川瀬健さん、ボーカルの山口恵美さん、楠元なおこさんによるステージとジャムセッション、2階のデッキステージでジャズボーカルクイーンコンテスト準グランプリの高橋リエさん、浅井良将さんと東川靖雄さんのサックスユニット、越山満美子さんのピアノに時安吉宏さんのベースのジャズライブ、3階デッキでは海の風にあたって神戸の夜景を楽しんでもらう趣向です。

ドリンクは飲み放題で神戸ならではの夜を過ごしてもらいます。

2010年9月5日(日)
17:00 受付開始
17:30 乗船開始

会費
5,000円

お問い合わせ
078-322-1117 Bar Martiniまで

sunsetjazzcrusing

平岡精二、服部良一といった戦後の日本を代表する歌謡曲の作曲家にはJAZZを学んだ人が多かったようです。
歌謡曲はスタンダードジャズのコード進行にそったものや楽想を借りたものが多いようです。
そんなとこに着目したのが日本を代表するトロンボーン奏者でアロージャズオーケストラのリーダーである宗清洋さんです。
歌謡曲とジャズを一緒にして一つの曲にアレンジしました。
例えば「爪」と「メモリーズオブユー」を一つの曲に、「星は何でも知っている」と「ワークソング」を一つの曲に等々です。
JAPANESEの「J」とJAZZの「J」でJ.J.TWINS。ライブがサテンドール神戸で行われます。
7月23日(金) 20:00~ と22:00~の2ステージで入れ替えなしです。
ミュージックチャージ 1,500円。
メンバーは、宗清洋(Tb)、奥村美里(Pf)、笠松としや(Bs)、澤雅一(Ds)に正木麻衣子(Vo)です。

どんな曲が飛び出すか楽しみです。

宗清洋さんプロフィール

jjtwins

03169559

 三木市内外のジャズ愛好家による大人数編成のビッグバンド「三木サウンドブラストオーケストラ」が発足し、活動を本格的に始める。7月10日に神戸電鉄志染駅前のジャズカフェ「ベイシー」で初コンサートを開き、今後もイベントなどに出演する予定。市内に、ほかにビッグバンドはないといい、迫力ある音で新たな文化を発信する

 学生時代にビッグバンドを組んでいたリーダーの三宅勝典さん(54)が、昨春からベイシーに通い始めたのが結成のきっかけになった。

 意気投合したメンバーら4人が発起人となり、2009年6月に結成。地域の音楽教室に募集のチラシを張ったり、知り合いに呼び掛けたりして、高校生から60歳代まで年齢層もさまざまな25人が集まった。

 トランペット、トロンボーン、サクソホン、ピアノ、コントラバス、ドラムなど、楽器も多彩。月3回、三木市の中央公民館や文化会館で練習を積んできた。三宅さんは「ブランクがあり、また気持ちに火がついたという人もいる。みんなかなり熱が入っている」と話す。

 三木市民へのお披露目の意味も込めた10日のコンサートのチケットはすでに完売。9月には高砂市のイベントに出演し、10月にはベイシーなどが三木市文化会館で開く音楽イベントにも出る予定だ。

 三宅さんは「生で聴く迫力と一体感がビッグバンドの魅力。地元の人に親しんでもらい、仲間が増えていけば、うれしい」と意気込んでいた。

(斉藤正志)
2010/07/06 神戸新聞

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今、僕の手元に1枚のLPレコードがある。テイチクからリリースされた『ジャズ・ポピュラー・ボーカル傑作集』。1枚のと書いたが2枚組のアルバムだ。ジャケットのどこをひっくり返して見ても、リリースの年月日が入っていないのだが、1983年頃に出たものだったと思う。

これは戦前、昭和10年にテイチク・レコードが初めて東京で録音を開始して以後、戦後の昭和23年頃までに専属歌手たちによってレコーディングされSPレコードとして発売されたジャズ・ポピュラー・ボーカルの音楽をLPレコードに復刻したものだ。

以前この「ジャズ・オン・エアー」にもその素晴らしさについて書いたジャズ・ミュージカル『上海バンスキング』の中で歌われた歌その他、魅力的な当時のジャズソングの数々が収められている。

僕が『上海バンスキング』の舞台を始めて観たのは1981年のことで、その出演者たちによる歌と演奏に感動し、彼らがレコーディングしたレコードも買って、聴きこむうち、これらの元になったオリジナルの音源も聴いてみたくなり、当時は阪急宝塚線・小林駅前でOZというレコードショップをやっていた友人の三反畑毅さんに聞いたところ出たばかりのこのレコードのことを教えてくれ、僕はそれをすぐ購入したのだった。

何よりも、主演の吉田日出子が歌の手本にしたという川畑文子の歌を聴きたかったのだが、川畑ひとりのアルバムというのはこの時は発売されておらず、彼女の歌が5曲収録されたこのアルバムを購入したのだった。

川畑文子の歌は素晴らしかった。のみならず、ここに収録されたほかのヴォーカリストたち、ディック・ミネ、チャリー・ミヤノ、マリー・イボンヌ、べティ稲田、東貴美子(松島詩子)、ロージー・ミヤノの歌はどれもが僕の心を捕らえた

これらの音源が発表された頃、日本では、アメリカをはじめとする海外のジャズ・ポピュラーがジャズソングという名で呼ばれていた。テイチクではこのアルバムにも9曲が収録されているディック・ミネの「ダイナ」を皮切りに優れたポピュラー歌手を続々とデビューさせていた。

このレコードのライナーノーツで、僕が毎月原稿を書いている雑誌『レコードコレクターズ』を発行するミュージックマガジン社を創設した中村とうようさん(この敬愛する大先輩評論家と僕との間に血縁関係はまったくない。名前の類似は偶然。ちなみにどちらも本名は同じ読みで漢字)が「現在のように世界のどこで起こった出来事でも通信衛星で瞬時にテレビのブラウン管に映し出されるような時代ではない」時に(今ならインターネットで…と書かれるところ、ブラウン管というのも時代を感じさせる)「アメリカでさえもまだ生まれてからそれほど年月のたっていない音楽ジャズを、はるか太平洋のこなた日本で、いち早くコピーした」ミュージシャンたちの先進性について書いておられるが、加えてそれがしっかり日本の音楽になっていて、60年近くがたっても全く古びていない音楽だということに僕は驚嘆したものだ。

戦前の日本の歌というと全部が演歌だったように思っている人もいるようだが、いえいえどうしてどうして、こんなふうに海外で生まれた美しいポピュラーソングを日本語でしかも完全に自分の歌として歌っていた人たちがいて、それを支えるミュージシャンたちがいて、それが大衆の支持を集めていたのである。

川畑文子は日系三世で、昭和7年に来日しコケティッシュな風貌とタップやアクロバットのダンスでも人気を集めた。始めコロムビアに所属したがテイチクに移籍、昭和10年に帰国する直前に12枚ものSPレコードを吹き込んだという。その時の音源がここに収められている。その後再び来日してコロムビアでレコードをリリースしている。

CDの時代となった1997年、彼女のコロムビア時代の音源が2枚組CDとなってリリースされ、僕はこちらも購入し、今でもよく聴いている。

時代は移り、ジャズという言葉のニュアンスも大きく変わった。その一方で歌謡曲として様々な名曲が洋楽のエッセンスを血肉として生まれ、日本の歌として定着して人々に親しまれていった。

このLPレコードに収められた、当時、ジャズソングと呼ばれた曲の数々の中には正にそんな歌謡曲として広がって行った音楽のエッセンスが凝縮されてある。だから、「上海バンスキング」の俳優たちの歌を聴いた時も、このLPレコードを聴いた時も、僕たちはそこに懐かしいものと同時に、血を熱くさせるクリエイティヴなものを感じ取り、強く惹かれたのだと思う。

久しぶりにターンテーブルに乗せたこのレコード。スピーカーから流れてきた音楽は、今もそんなことをしっかり感じさせてくれる。そしてそれは今日も神戸のあちこちで歌われているジャズとも地続きのものなのだ。