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今、僕の手元に1枚のLPレコードがある。テイチクからリリースされた『ジャズ・ポピュラー・ボーカル傑作集』。1枚のと書いたが2枚組のアルバムだ。ジャケットのどこをひっくり返して見ても、リリースの年月日が入っていないのだが、1983年頃に出たものだったと思う。

これは戦前、昭和10年にテイチク・レコードが初めて東京で録音を開始して以後、戦後の昭和23年頃までに専属歌手たちによってレコーディングされSPレコードとして発売されたジャズ・ポピュラー・ボーカルの音楽をLPレコードに復刻したものだ。

以前この「ジャズ・オン・エアー」にもその素晴らしさについて書いたジャズ・ミュージカル『上海バンスキング』の中で歌われた歌その他、魅力的な当時のジャズソングの数々が収められている。

僕が『上海バンスキング』の舞台を始めて観たのは1981年のことで、その出演者たちによる歌と演奏に感動し、彼らがレコーディングしたレコードも買って、聴きこむうち、これらの元になったオリジナルの音源も聴いてみたくなり、当時は阪急宝塚線・小林駅前でOZというレコードショップをやっていた友人の三反畑毅さんに聞いたところ出たばかりのこのレコードのことを教えてくれ、僕はそれをすぐ購入したのだった。

何よりも、主演の吉田日出子が歌の手本にしたという川畑文子の歌を聴きたかったのだが、川畑ひとりのアルバムというのはこの時は発売されておらず、彼女の歌が5曲収録されたこのアルバムを購入したのだった。

川畑文子の歌は素晴らしかった。のみならず、ここに収録されたほかのヴォーカリストたち、ディック・ミネ、チャリー・ミヤノ、マリー・イボンヌ、べティ稲田、東貴美子(松島詩子)、ロージー・ミヤノの歌はどれもが僕の心を捕らえた

これらの音源が発表された頃、日本では、アメリカをはじめとする海外のジャズ・ポピュラーがジャズソングという名で呼ばれていた。テイチクではこのアルバムにも9曲が収録されているディック・ミネの「ダイナ」を皮切りに優れたポピュラー歌手を続々とデビューさせていた。

このレコードのライナーノーツで、僕が毎月原稿を書いている雑誌『レコードコレクターズ』を発行するミュージックマガジン社を創設した中村とうようさん(この敬愛する大先輩評論家と僕との間に血縁関係はまったくない。名前の類似は偶然。ちなみにどちらも本名は同じ読みで漢字)が「現在のように世界のどこで起こった出来事でも通信衛星で瞬時にテレビのブラウン管に映し出されるような時代ではない」時に(今ならインターネットで…と書かれるところ、ブラウン管というのも時代を感じさせる)「アメリカでさえもまだ生まれてからそれほど年月のたっていない音楽ジャズを、はるか太平洋のこなた日本で、いち早くコピーした」ミュージシャンたちの先進性について書いておられるが、加えてそれがしっかり日本の音楽になっていて、60年近くがたっても全く古びていない音楽だということに僕は驚嘆したものだ。

戦前の日本の歌というと全部が演歌だったように思っている人もいるようだが、いえいえどうしてどうして、こんなふうに海外で生まれた美しいポピュラーソングを日本語でしかも完全に自分の歌として歌っていた人たちがいて、それを支えるミュージシャンたちがいて、それが大衆の支持を集めていたのである。

川畑文子は日系三世で、昭和7年に来日しコケティッシュな風貌とタップやアクロバットのダンスでも人気を集めた。始めコロムビアに所属したがテイチクに移籍、昭和10年に帰国する直前に12枚ものSPレコードを吹き込んだという。その時の音源がここに収められている。その後再び来日してコロムビアでレコードをリリースしている。

CDの時代となった1997年、彼女のコロムビア時代の音源が2枚組CDとなってリリースされ、僕はこちらも購入し、今でもよく聴いている。

時代は移り、ジャズという言葉のニュアンスも大きく変わった。その一方で歌謡曲として様々な名曲が洋楽のエッセンスを血肉として生まれ、日本の歌として定着して人々に親しまれていった。

このLPレコードに収められた、当時、ジャズソングと呼ばれた曲の数々の中には正にそんな歌謡曲として広がって行った音楽のエッセンスが凝縮されてある。だから、「上海バンスキング」の俳優たちの歌を聴いた時も、このLPレコードを聴いた時も、僕たちはそこに懐かしいものと同時に、血を熱くさせるクリエイティヴなものを感じ取り、強く惹かれたのだと思う。

久しぶりにターンテーブルに乗せたこのレコード。スピーカーから流れてきた音楽は、今もそんなことをしっかり感じさせてくれる。そしてそれは今日も神戸のあちこちで歌われているジャズとも地続きのものなのだ。