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手元に『伝説を聴く』という2枚組のCDがある。これはコロムビアが今年100周年を迎えたのを記念して、同社が保有する貴重な音源の中から、伝説と呼ぶにふさわしい人にスポットを当てて、その楽曲等を厳選して2枚のCDに収録したものだ。

100年の歴史というととてつもなく長いようだが、考えようによってはレコードというものが登場してきて、まだたかだか100年しかたっていないということなのだ。日本でレコードが作られるようになったのはアメリカとそんなに違わない時期だから、そのことは日本に限らず、世界的に見ても同じということになる。

大学でポピュラーミュージックと現代文化について教えていた時、ポピュラーミュージックの歴史はレコードの歴史と重なるという話をした。もちろん、それ以前にフォークソング(民謡)やブルース、ごくごく初期のジャズなどの音楽は存在していたが、レコードの発明以後、それを売るためのポピュラーミュージックが数多く作られ、レコードを通じて広く聴かれるようになった。

この『伝説を聴く』というCDには正に、日本において、そのレコードを売るためにポピュラーミュージックが作られるようになった時期の音源が収められている。松井須磨子の「カチューシャの唄」。島村抱月と相馬御風作詞、中山晋平作曲のこの歌はヨナ抜き、ユリという日本の伝統芸を元に西洋音楽の手法を取り入れた創作大衆歌謡の第一号だという。抱月が主宰していた芸術座の公演、トルストイの「復活」の劇中歌として作られた。抱月は中山に「学校唱歌でも、讃美歌でも、俗謡でもない、その中間を」と注文したのだそう。そう思って聴くと確かにそういうメロディに聴こえる。楽曲のみならず、当時のSPから起こした音盤の音が、日本のポピュラーミュージック誕生の瞬間をリアルに伝えている。

今で言う演歌ではない、風刺の聴いた歌詞をバイオリンの伴奏に乗せて歌う演歌師の石田一松や、藤原義江、三輪環といったオペラ畑の人達も、創世記の日本のポピュラーミュージックの確立に一役買ったのだということがこのCDを聴いているとよくわかる。

当時から昭和30年代まで黄金時代が続いた映画も、日本のポピュラーミュージックには大きく貢献している。田中絹代がこんなに歌を吹き込んでいたなんて知らなかった。中村錦之助や三船敏郎の歌というのも初めて聴いた。DVDはおろか家庭用VTRなど夢のまた夢だった時代、映画の一場面の名台詞をレコードにしたものも多数作られている。

宝塚歌劇、SKDの存在も日本のポピュラーミュージックの歴史においては忘れてはならないものだ。

榎本健一、川田晴久といった人達が登場してくると、そこにジャズの影響がはっきりと見てとれるようになる。浅草オペラに代わって登場したカジノフォーリーで絶大なる人気を得たエノケンはその舞台にジャズソングを多数持ち込んで、日本におけるジャズソングの大衆化に一役買った。川田義雄の名前であきれたぼういずを結成して人気を博した川田晴久は広沢虎造の虎造節をジャズにしたモダン浪曲で売り出した。そのあきれたぼういずの音源を集めた『楽しき南洋』というCDも昨年リリースされたが、ここにもジャズを日本の土壌に根付かせようとした彼らの努力のあとが見られる。

このCDには端唄や小唄、浪曲などの音源も収められているのだが、こじつけなどではまったくなく、これらの芸能がジャズの持つ空気感に非常に近いものであることに驚いた。川田晴久がジャズと浪曲を結びつけたのも、決して奇をてらったのではなく、両者の共通点を天才的な音楽センスで感じ取って作り上げたのだということがわかる。

このCDに収められた音源の後、歌謡曲の黄金期が訪れる訳だが、それらにもまたジャズは大きな影響を与えることになる。

こうして日本のポピュラーミュージックの創世記の音に実際に触れてみると、ジャンルに囚われたり、聴かず嫌いであったりすることがいかにつまらないことであるのかということを痛感する。

ジャズの魅力をレコードで知り、その世界にのめり込むようになったみなさん。そんなレコードへの感謝の意味も込めてレコードの誕生から約100年がたった今、これらの音の魅力に触れてみては如何でしょう。