井田一郎

井田一郎

 天然の良港として古くから栄えていた神戸、日本文化の一つである宝塚歌劇団、そして、神戸に多く住む外国人を通して異文化を受け入れる神戸人の気質、これらが相まって神戸にジャズが根付きました。

1923年(大正12年)に、日本で最初にプロのバンドによりジャズが演奏されたのが神戸です。宝塚オーケストラのバイオリン奏者であった故井田一郎氏が、4人編成のジャズバンド「ラフィングスターズ」を結成し、神戸市内のホテルで開かれているダンスパーティの音楽を奏でたのだそうです。
1923年の9月には、14万人以上の死者や行方不明者を出したあの忌まわしい関東大震災で横浜港が打撃を受けたため外国航路が神戸に集中しました。
地元のミュージシャンと外国航路で演奏しているミュージシャンとで神戸でジャズが演奏され、神戸に住む外国人やジャズに親しんだ神戸の人たちがジャズを楽しんでいました。当時のジャズは、ダンス音楽やディキシーランドジャズでありこれらを総称してジャズと呼んでいました。
本格的なジャズが演奏されたのは、戦後の進駐軍の時代です。ホテルや外国人クラブなどがその舞台で、やがて、異国情緒を漂わせる北野町界隈にジャズクラブが誕生し、毎夜、多くのジャズセッションが繰り広げられております。40年以上の歴史を持つ「ソネ」や40年近い歴史を持つ「サテンドール」など、異人館街のある北野を中心に20軒近くのジャズクラブがあり、また、多くのジャズファンに支えられて27年続く「神戸ジャズストリート」や24年続く「スチューデントジャズフェスティバル」などのジャズイベントが繰り広げられています。

神戸ジャズの特長は、セッションを繰り広げるミュージシャンとそれを楽しむ聴衆、その場を提供する多くのジャズクラブの三者が一体となった雰囲気の中で音楽を楽しむことではないかと思います。まさしく、ジャズは聴くものというよりは、楽しむもの、これが神戸ジャズです。

神戸は1995年1月17日、阪神・淡路大震災によって甚大な被害を受けました。その年の秋も恒例の「神戸ジャズストリート」は開催されました。被災者を励まそうと、全国のジャズマンたちが、復興のつち音響く三宮の街角で希望の調べを奏でたのです。

このサイトは、神戸内外のジャズを愛する関係者が結集し、より多くの人に神戸のジャズを知っていただきたいと開設しました。

ぜひ神戸のジャズを楽しんでください。

ラフィング・スターズ

ラフィング・スターズ


※このサイト内の記事・写真の無断転載を禁止します。
お問い合わせ:webmaster@kobe-np.co.jp