(1)高齢出産 保育器を前に泣いた夫
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手と手をぎゅっ |
40歳で母親になった。
高齢出産といえば、以前は30歳以上の初産を指したが、現在は35歳以上。それでも私はこの「基準」を軽く超える。流産などさまざまなリスクが高くなるといわれているので、妊娠中は不安になることもあった。
そんな気持ちが何となく伝わったのか、友人や同僚、取材先に妊娠を打ち明けると、「妹は42歳で元気な男の子を産んだよ」などと、身近な高齢出産の例で励ましてくれる人が結構いた。聞いた中で最高齢は48歳(!)だった。
40代の出産は増えていて、2007年は約2万5千人。お産全体の2%に過ぎないが、それでも1995年の倍近い。ちょっぴり意を強くした。同年代らしき妊婦を見かけると「お互い頑張ろうな」と心の中でつぶやいた。
予定日は5月1日だった。帝王切開をすることがあらかじめ決まっていた。主治医のM子先生からは4月末の手術を勧められたが、「5月生まれがいい」と言い張って、この日にしてもらったのだった。が、そう都合良く事は運ばなかった。
4月28日夜に出血があり、そのまま入院。翌29日朝、女の子を出産した。手術前に「5月生まれが良かったなぁ」と口を滑らせると、M子先生がすごい形相で「ナンセンス! 赤ちゃんはもう生まれたがってるわよっ」。
お腹から取り出す瞬間には夫も立ち会い、元気な産声を一緒に聞いた。2700グラム。羊水でぬれた髪は少しカールしていて、温かかった。誕生月が何月かなんてどうでもよくなっていた。
ほっとしたのもつかの間、翌日娘は熱を出して保育器の中。「熱が下がらなければ神大病院に送るかもしれません」と小児科医。ええーっ! 頭の中が真っ白になった。
ベッドから起きられない私に代わって、夫が娘の様子を見に行ったが、戻って来るなり「かわいそうや」と泣き出した。それも声を上げて。(あんたが泣いてどないすんの!)でも、そのおかげで自分でも驚くほど冷静になれた。
幸い、その日のうちに娘の熱は下がった。安心したからか、急に母乳が出るようになった。こうして初めての育児がスタートした。
◇
育児休業中の記者が「母親な日々」で感じたことを報告します。(小林由佳)
高齢出産といえば、以前は30歳以上の初産を指したが、現在は35歳以上。それでも私はこの「基準」を軽く超える。流産などさまざまなリスクが高くなるといわれているので、妊娠中は不安になることもあった。
そんな気持ちが何となく伝わったのか、友人や同僚、取材先に妊娠を打ち明けると、「妹は42歳で元気な男の子を産んだよ」などと、身近な高齢出産の例で励ましてくれる人が結構いた。聞いた中で最高齢は48歳(!)だった。
40代の出産は増えていて、2007年は約2万5千人。お産全体の2%に過ぎないが、それでも1995年の倍近い。ちょっぴり意を強くした。同年代らしき妊婦を見かけると「お互い頑張ろうな」と心の中でつぶやいた。
予定日は5月1日だった。帝王切開をすることがあらかじめ決まっていた。主治医のM子先生からは4月末の手術を勧められたが、「5月生まれがいい」と言い張って、この日にしてもらったのだった。が、そう都合良く事は運ばなかった。
4月28日夜に出血があり、そのまま入院。翌29日朝、女の子を出産した。手術前に「5月生まれが良かったなぁ」と口を滑らせると、M子先生がすごい形相で「ナンセンス! 赤ちゃんはもう生まれたがってるわよっ」。
お腹から取り出す瞬間には夫も立ち会い、元気な産声を一緒に聞いた。2700グラム。羊水でぬれた髪は少しカールしていて、温かかった。誕生月が何月かなんてどうでもよくなっていた。
ほっとしたのもつかの間、翌日娘は熱を出して保育器の中。「熱が下がらなければ神大病院に送るかもしれません」と小児科医。ええーっ! 頭の中が真っ白になった。
ベッドから起きられない私に代わって、夫が娘の様子を見に行ったが、戻って来るなり「かわいそうや」と泣き出した。それも声を上げて。(あんたが泣いてどないすんの!)でも、そのおかげで自分でも驚くほど冷静になれた。
幸い、その日のうちに娘の熱は下がった。安心したからか、急に母乳が出るようになった。こうして初めての育児がスタートした。
◇
育児休業中の記者が「母親な日々」で感じたことを報告します。(小林由佳)
(1)高齢出産 保育器を前に泣いた夫(2009-01-04)


