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2008年4月30日掲載

<連載>ママたちの挑戦 市立西脇病院小児科を守る会(1)

立ち上がる 入院診療の休止に衝撃

「子どもの未来のために」。立ち上がったママたち=黒田庄子育て学習センター

「子どもの未来のために」。立ち上がったママたち=黒田庄子育て学習センター

 幼い子どもを連れて集まった二十、三十代の母親約三十人が車座になっていた。二〇〇七年十一月十四日午前、黒田庄子育て学習センター。

 「街灯が暗い」「子どもを保育園に預けたいが、仕事が見つからない」―。ボランティアサークルの集いで、悩みを打ち明ける母親たち。そんな声に続き、ある一人が発言した。

 「西脇病院の小児科の先生が一人になりました。入院できなくなって困ってるの」

 安藤康子(仮名)は人前に出るのが苦手だが、どうしても伝えたくて勇気を出して声を絞り出した。体の弱い長女(5つ)は、年に何度も入退院を繰り返す。西脇病院で入院できなくなると、小野市民病院まで行かなければならない。一歳に満たない次女を抱えながら看病に通うのは大変だった。

 入院休止の事実を初めて知った多くの参加者は驚いて顔を見合わせた。西脇病院は新病棟が完成したばかり。真新しい建物を見て、医療は充実するものと信じ込んでいた。後に市立西脇病院小児科を守る会代表となる村井さおり(32)もその一人だった。


 正午を回って、市内で小児科医院を営む藤田位(54)が加わった。西脇病院の元勤務医である藤田は子育て中の母親たちの集まりがあることを知って、居ても立ってもいられず、午前の診療を終えて駆け付けたのだ。

 藤田が開業した一九九三年に五人いた西脇病院の小児科医は減る一方で、危機感を募らせていた。なり手が少ない小児科医の現状や各地で深刻化する医師不足、そしてこの西脇でも医療崩壊が進んでいることを丁寧に説明した後、藤田は宣告するように静かに訴えた。

 「西脇病院から、小児科がなくなるかもしれないんです」

 母親たちからはどよめきが起きた。「小児科がなくなると産科もつぶれるかも」「何かしなければ」「でも、何ができるの?」。結論は出ず、安藤は「何かしなくちゃと思う人はまた集まりましょう」と提案。後日、藤田からもう一度、話を聞くことにした。

 十二日後に開かれた二回目の集会で、安藤は藤田に問い掛けた。「私たちには何ができますか」。もう人前だからと憶(おく)さなかった。

 藤田は、母親たちの目の色が変わっていることに驚きを覚えた。「ひょっとしたら、西脇の医療を救えるかも」。そんな思いが心をよぎった。(敬称略)


 地域の病院の危機を知った母親たちが立ち上がった。子どもたちのため、未来のママのために。わずか二カ月で医師増員を求める約六万五千人分の署名を集め、市長に提出し、全国的にも注目される存在となったママたちの挑戦の軌跡を追う。(篠原佳也)

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