神戸新聞
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社寺巡礼

2007年5月14日掲載

法華宗学問の伝統今に 本興寺

尼崎市開明町3

日隆聖人像を安置する開山堂。年に一度、11月3日に拝観できる=尼崎市開明町3

日隆聖人像を安置する開山堂。年に一度、11月3日に拝観できる=尼崎市開明町3

 阪神尼崎駅を降りて南へ。トラックが音をたてて「工都」を走り抜ける。灰色のビルの合間から突然、鮮やかな朱塗りの塔が顔をのぞかせた。

 十一カ寺が並び、市の都市美形成地域に指定されている「寺町」。本興寺は、その一角にある。

 法華宗本門流の二大本山の一角をなし、一四二〇年に日隆が開いた。一方の本山、本能寺(京都市)が布教の拠点だったのに対し、本興寺は学問の拠点。日隆が開いた私塾「勧学院」の伝統は、境内にある専門学校「興隆学林専門学校」に受け継がれている。同校は、日本に二校しかない僧侶養成の専門学校だ。

 今、寺に伝わる古文書の解読作業が進められている。歴代の住職らが書き残した日記や、末寺からの訴状、織田信長や徳川家康が発令した禁制など、調査対象は約千点に上る。

 たとえば、こんな挿話があるという。末寺が借金を返せなくなった。本興寺が科した「罰」は、お経を上げることだった―。寛容だったのか、単に懐が潤沢だったのか。寄進をして、名だたる戦国武将とも友好関係を構築したことは、古文書からもうかがえる。

 すべての古文書を解読し終える目標は、日隆の没後五百五十年となる二〇一三年。中心となって分析にあたる同専門学校の小西徹龍(てつりょう)学校長(65)は期待する。「法華宗や寺の歴史だけでなく、歴史上の出来事の新たな一面を発見できるかもしれない」

 境内を歩いた。本堂へ続く石畳を挟んで、右に宝物殿と祖師堂、左に鐘楼と三光堂。本堂の左奥に開山堂(重要文化財)がある。堂内に鎮座する日隆聖人像(同)は、普段は拝観できない。年一回だけ、開帳される十一月三日に再訪し、会ってみたいと思った。

 石畳に立ち、耳を澄ませる。風が吹き、葉がこすれ合う。御霊水が滴る音。もう工都の喧噪(けんそう)はここにない。(小川 晶)
メモ
 ★年中行事 烏帽子(えぼし)や袴(はかま)に身を包んだ子どもらが周辺を練り歩く「稚児行列」(5月8日)、宝物が一般公開される「虫干会(むしぼしえ)」(11月3日)など。拝観無料。
 ★本興寺TEL06・6411・3217

【アクセス】阪神尼崎駅から南へ徒歩5分

※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。

法華宗学問の伝統今に 本興寺(2007-05-14)