神戸新聞
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社寺巡礼

2008年1月14日掲載

地域見守る「寄席の寺」  遍照院

洲本市栄町4

弘法大師像をまつる本堂。祈りの場は、いすが並べられると寄席に変身する=洲本市栄町4

弘法大師像をまつる本堂。祈りの場は、いすが並べられると寄席に変身する=洲本市栄町4

 界わいには八つの寺があり、白い土塀や黒い瓦葺(ぶ)きの建物、立派な構えの門が並ぶ。城下町の面影を色濃く残し、昔ながらの風情が漂う洲本市・寺町地区。千草川に架かる常盤橋の端に「寄席の寺」として親しまれている遍照院(へんじょういん)は建つ。

 寺町は一六三一(寛永八)年、淡路を統治していた蜂須賀氏が由良から洲本に城を移した「由良引け」の際、城を守るために、川沿いに寺院が集められたのが起こりだ。

 一九一四(大正三)年、地区にあった地蔵寺という寺が火災で焼失した。住職が隣の青蓮寺と掛け持ちだったため、敷地を合わせ新たに遍照院が誕生。「地域の真言宗の活性化」を図るため、新たな本尊として弘法大師座像が据えられた。

 その志は、現在の石塚真透住職(59)にも受け継がれた。「法事や葬式だけではなく、誰でも自由に出入りできる開かれた場所に」。寺のにぎわいを取り戻すには?。自問を続けてきた。

 寄席を思いついたきっかけは、阪神・淡路大震災だった。「沈んでいるまちを笑いで明るくしたい」。知人を通じて落語家の桂雀々さんに思いを訴えた。翌年、本堂での「龍華(りゅうげ)寄席」が実現。今でも年二回開かれている地域の名物行事だ。ほかにもジャズコンサートや和風ポップスバンドのライブ会場、ヨガ教室…。さまざまな集いの場を提供してきた。

 境内の一角にある月夜大師堂。その昔、阿波の国の難所、月夜村に差し掛かったとき、余りの暗さに困り果てた弘法大師が闇夜に向かって念じたところ、月が顔を出して周囲を照らしたという言い伝えから生まれた。宗派にとらわれず、たくさんの住民が参拝にやってくる。

 「いろいろな人が出入りする場所。これが本来の姿かなと思います」と石塚住職。本堂前の境内に立つ弘法大師像も、寄席を心待ちするかのように、笠(かさ)の奥で柔らかい笑みを浮かべている。(三宅晃貴)
メモ
 ★龍華寄席は、5月と10月の年2回。数人の落語家が一席ずつ披露する。これまでに、桂米朝さんや桂南光さんらも出演した。
 ★遍照院TEL0799・22・0337

【アクセス】神戸淡路鳴門自動車道「洲本インターチェンジ」から東へ約10分

※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。

地域見守る「寄席の寺」  遍照院(2008-01-14)