2008年7月7日掲載
隆盛極めた川下祭り 宇都野神社
新温泉町浜坂
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等身大の麒麟獅子のブロンズ像。川下祭りでは麒麟獅子舞が街中を舞う=新温泉町浜坂 |
鳥居をくぐると、ブナやスギの木に囲まれた広大な境内がある。普段は静かなこの宇都野(うつの)神社を中心とした地域が七月半ば、喧噪(けんそう)に包まれる。但馬三大祭りの一つ「川下(かわすそ)祭り」。江戸中期、浜坂地域が豊岡藩から天領となったことをきっかけに隆盛を極めたといわれる例祭だ。
祭りは三日間。初日の宵宮では、「屋台」と呼ばれる移動式の舞台が巡り、さまざまな演芸が催される。二日目の本祭には、みこしや鉾(ほこ)などが街を練り歩く。そして、県無形文化財に指定される麒麟獅子(きりんじし)舞の奉納。最終日は神事が営まれる。
かつて天領になっても、代官所は遠く久美浜(現・京都府京丹後市)の地にあった。監視の目は遠い。祭りのたびに見せ物のほか、賭博(とばく)でにぎわったとされる。隣接する鳥取県岩美町の町史によると、川下祭りの「不法」に注意を促すお触れが出されたこともあるという。
そして嘉永二(一八四九)年。抜き打ちで訪れた代官所の役人が祭りのさまざまな興業を禁止した。楽しみを奪われた住民が怒り、役人を追い返したという。地域の歴史に詳しい浜坂先人記念館の岡部良一前館長(60)は「浜坂の気質を表した出来事かもしれないな」と笑う。
境内に入り、しばらく歩くと等身大の麒麟獅子のブロンズ像がある。それを通り過ぎると拝殿や本殿に向かう石段。新田次郎の著作「孤高の人」によると、新温泉町出身の登山家・加藤文太郎(一九〇五―三六年)が、後に妻となる女性と出会った場所という。
今、祭りの準備も最終段階。本祭の日。命を吹き込まれた三頭の麒麟獅子と、みこしがこの石段を下る。中島政邦宮司(59)は「町内外から今も多くの人が訪れてくれる。ありがたい」。
(大盛周平)
祭りは三日間。初日の宵宮では、「屋台」と呼ばれる移動式の舞台が巡り、さまざまな演芸が催される。二日目の本祭には、みこしや鉾(ほこ)などが街を練り歩く。そして、県無形文化財に指定される麒麟獅子(きりんじし)舞の奉納。最終日は神事が営まれる。
かつて天領になっても、代官所は遠く久美浜(現・京都府京丹後市)の地にあった。監視の目は遠い。祭りのたびに見せ物のほか、賭博(とばく)でにぎわったとされる。隣接する鳥取県岩美町の町史によると、川下祭りの「不法」に注意を促すお触れが出されたこともあるという。
そして嘉永二(一八四九)年。抜き打ちで訪れた代官所の役人が祭りのさまざまな興業を禁止した。楽しみを奪われた住民が怒り、役人を追い返したという。地域の歴史に詳しい浜坂先人記念館の岡部良一前館長(60)は「浜坂の気質を表した出来事かもしれないな」と笑う。
境内に入り、しばらく歩くと等身大の麒麟獅子のブロンズ像がある。それを通り過ぎると拝殿や本殿に向かう石段。新田次郎の著作「孤高の人」によると、新温泉町出身の登山家・加藤文太郎(一九〇五―三六年)が、後に妻となる女性と出会った場所という。
今、祭りの準備も最終段階。本祭の日。命を吹き込まれた三頭の麒麟獅子と、みこしがこの石段を下る。中島政邦宮司(59)は「町内外から今も多くの人が訪れてくれる。ありがたい」。
(大盛周平)

★宇都野神社TEL0796・82・1347
【アクセス】 JR山陰線浜坂駅から徒歩で、南西に約10分
※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。
隆盛極めた川下祭り 宇都野神社(2008-07-07)




