神戸新聞
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社寺巡礼

2008年10月27日掲載

栄華伝える極彩色社殿 御形神社

宍粟市一宮町森添

厳かな雰囲気の社殿。周囲の緑との対比が美しい=宍粟市一宮町森添

厳かな雰囲気の社殿。周囲の緑との対比が美しい=宍粟市一宮町森添

 収穫を終えた田畑の中を参道が真っすぐに伸びる。その先を目指すと、朱色や金塗りに彩られた社殿が現れた。周囲の古木とは対象的なあでやかさ。ため息がもれた。

 重厚な檜皮葺(ひわだぶき)の本殿は一五二七(大永七)年の建造。柱上の繊細な木組みなど、室町末期の建築に目が留まった。

 国の重要文化財に指定されているが、一九七一(昭和四十六)年までは色あせていた。翌年の鎮座千二百年を祝う大復元で、職人らが彫刻の溝に残ったわずかな塗料を丹念に調べ、朱色だけでなく、極彩色を再現。往時の華やかな姿に、地域住民らは言葉を失ったという。

 「室町時代、完成した社殿を前に、村人たちも同じように驚いたことでしょう。これだけの豪華な社殿は、当時、地域の財力が豊かだった証拠」。進藤千秋宮司(60)は誇らしげに語った。

 古来、播磨北部は広大な森林に加えて砂鉄が豊富に産出され、「たたら製鉄」が盛んだった。この地も、鉄で富を築いたのだろう。

 神社の周辺は「播磨国風土記」にも登場する。神社にまつられている葦原志許乎命(あしはらのしこおのみこと)(伊和大神)と新羅から渡来した天日槍命(あめのひぼこのみこと)が、領地争いにピリオドを打った地だ。

 二人の神は南東にそびえる高峰山から、三本の黒葛(つづら)をけりあげた。葦原志許乎命の一本は播磨に、天日槍命は三本とも但馬に落ちた。この占いで、葦原志許乎命が播磨を治め、天日槍命は但馬に退いたという。

 「なぜ朝鮮半島の神が瀬戸内に入り、わざわざ播磨を狙ったのか。山間部の鉄が目当てだったのでは」。進藤宮司の仮説に、思わずうなる。

 夕刻、山の向こうに沈む太陽が社殿を照らす。いにしえの栄華を伝えるように、輝きを増した。
(若林幹夫)
メモ
 ★境内には、八重咲きのしだれ桜「正福寺ザクラ」が根を張る。毎年10月10日に秋祭りがあり、小中学生が相撲を奉納する。

 ★御形神社TEL0790・74・0013

【アクセス】 中国自動車道山崎インターチェンジから国道29号を北へ。安積橋交差点から県道をさらに北約10キロ。

※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。

栄華伝える極彩色社殿 御形神社(2008-10-27)