神戸新聞
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社寺巡礼

2008年11月3日掲載

海峡の安全見守り続け 林神社

明石市宮の上

地域に愛され続ける素朴な境内と社殿=明石市宮の上

地域に愛され続ける素朴な境内と社殿=明石市宮の上

 旬を迎えた魚の水揚げで連日活気づく林崎漁港も、昼を過ぎると人影はほとんどない。数時間前の喧噪(けんそう)が幻のように、辺りは水を打ったような静けさが支配する。

 港に背を向け北へ。漁師の寝息が聞こえそうな細い路地の宅地を抜け、潮の残り香が消えるころ、明神鳥居と小高い丘が見えた。境内へと導く石段は三十段ほどで、幅広く傾斜も緩やか。息切れせずに上りきると、石畳の参道と瓦葺(ぶ)きの社殿が鎮座する。

 一三九年、第十三代成務天皇の時代に創建。明石市内の神社で最古の歴史を誇る。海の神、少童海神(わたつみのかみ)が林崎沖の巨石「赤石」に姿を見せたが、翌年の波風で海に没したことから、小高い丘に一社を建て祭ったのが始まり。

 太古より海を見下ろす高台にあり、漁業の町の繁栄と海上交通の難所、明石海峡を行き交う船の安全を見守ってきた。林宏昭宮司(64)の案内で社務所の縁側から、対岸の淡路島や明石海峡大橋を眺める。「この辺りも四十年ぐらい前は水田ばかりで、高い建物はほとんどなく、もっと広い海が見えた」と林宮司。確かにマンションやビルに遮られて視界は思うほど開けず、そのせいか熱心に参拝する漁師の姿も昔ほどではないとか。林宮司は「やはり時代でしょうか」と笑った。

 社殿脇の桜の枝ぶりは見事で、建物の全景はうかがえないが、瓦や壁に年季はあまり感じられない。大戦末期の明石空襲で一帯は焦土となり、焼失した社殿は一九五〇年に氏子や地域の尽力で再建された。「上の宮さん」と呼ばれる質素な境内に、地域の戦没者の名を刻んだ石碑が立つ。

 再び縁側から海を望む。秋の柔らかい陽光を浴びた海峡。潮風を受けながら、海の神は一体どこにいるのだろうと夢想した。
(宮路博志)
メモ
 ★「延喜(えんぎ)式神名帳」(927年)に名が記される「式内社」の一つ。平城天皇や豊臣秀吉が「赤石」観覧の途中、参拝したとの記録が地元郷土誌に残る。

 ★林神社TEL078・922・0150

【アクセス】 山陽電鉄林崎松江海岸駅下車、東に約五百メートル。県道718号「林神社南」交差点を北へ約二百メートル。

※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。

海峡の安全見守り続け 林神社(2008-11-03)