2009年2月16日掲載
350年続く「十三まいり」 長福寺
神戸市長田区長田町
![]() |
1971年に再建された本堂。今年の「十三まいり」が3月13―15日、ここで開かれる=神戸市長田区長田町4 |
「商売の神様」として知られる長田神社を北に向かうと、程なく本堂が見えてくる。静寂に包まれた境内。東隣にある神戸市立宮川小学校の児童の元気な声が響く。
長福寺は毎年三月、生まれ年の干支(えと)が初めてめぐってくる数え年十三の子どもが、知恵や福徳を授かり厄よけにもなるという本尊「虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)」を参詣する「十三まいり」で知られる。
十三歳は男女とも人生最初の厄年とされ、身も心も大人に変わる時期でもあるため「変体の厄」とも呼ばれる。「十三まいり」は、厄よけと同時に育ててくれた親に感謝する儀式として、江戸時代から約三百五十年間続いてきた。
晴れ着姿の子どもたちが袈裟(けさ)を首から掛けて正座し、僧侶が読経した後、子どもに経典を振りかざす「転読祈とう」を受ける。原田太胤(たいいん)住職(48)は「祈りの後、行事の由来や命の大切さを説教し、大人の自覚を促す」と話す。
かつては、多くの親子が訪れた十三まいりだが、戦後は徐々ににぎわいを失う。
一九四五(昭和二十)年三月の神戸大空襲で寺は焼失。当時の住職が炎上する本堂から、本尊と過去帳だけは持ち出した。五二(同二十七)年に仮設の本堂が建てられ、七一(同四十六)年、ようやく本堂は再建された。
その後、達磨(だるま)堂や鎮守堂などが完成し寺は復興。しかし、九五年一月、阪神・淡路大震災が襲った。七つの建物のうち、残ったのは本堂と寺務所だけで、本堂の傷みも激しかった。
それでも直後の三月、修復中の本堂で十三まいりは続けられた。「規模は小さくなっても節目を大事に、古く伝わる行事はきちんと残していきたい」と原田住職。今年も数え年十三歳の子らが大人への階段を上る。(河尻 悟)
長福寺は毎年三月、生まれ年の干支(えと)が初めてめぐってくる数え年十三の子どもが、知恵や福徳を授かり厄よけにもなるという本尊「虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)」を参詣する「十三まいり」で知られる。
十三歳は男女とも人生最初の厄年とされ、身も心も大人に変わる時期でもあるため「変体の厄」とも呼ばれる。「十三まいり」は、厄よけと同時に育ててくれた親に感謝する儀式として、江戸時代から約三百五十年間続いてきた。
晴れ着姿の子どもたちが袈裟(けさ)を首から掛けて正座し、僧侶が読経した後、子どもに経典を振りかざす「転読祈とう」を受ける。原田太胤(たいいん)住職(48)は「祈りの後、行事の由来や命の大切さを説教し、大人の自覚を促す」と話す。
かつては、多くの親子が訪れた十三まいりだが、戦後は徐々ににぎわいを失う。
一九四五(昭和二十)年三月の神戸大空襲で寺は焼失。当時の住職が炎上する本堂から、本尊と過去帳だけは持ち出した。五二(同二十七)年に仮設の本堂が建てられ、七一(同四十六)年、ようやく本堂は再建された。
その後、達磨(だるま)堂や鎮守堂などが完成し寺は復興。しかし、九五年一月、阪神・淡路大震災が襲った。七つの建物のうち、残ったのは本堂と寺務所だけで、本堂の傷みも激しかった。
それでも直後の三月、修復中の本堂で十三まいりは続けられた。「規模は小さくなっても節目を大事に、古く伝わる行事はきちんと残していきたい」と原田住職。今年も数え年十三歳の子らが大人への階段を上る。(河尻 悟)

★8月23日は地蔵盆があり、地域の子どもたちでにぎわう
★臨済宗南禅寺派長福寺TEL078・691・3351
【アクセス】 神戸高速鉄道高速長田、市営地下鉄長田駅から徒歩10分。
※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。
350年続く「十三まいり」 長福寺(2009-02-16)











