2009年4月23日掲載
修験道の道、復興へ 諭鶴羽神社
南あわじ市灘黒岩
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諭鶴羽山の山頂付近にある神社。桜が散り、新緑の季節を迎える=南あわじ市灘黒岩 |
潮風が心地よい海岸沿いから、案内看板に従って山道に入ると雰囲気は一転、車一台通るのがやっとの急こう配が続く。木漏れ日が降り注ぎ、木陰から野生のシカが飛び出す。十五分ほど走ると、淡路島最高峰の諭鶴羽(ゆづるは)山(六〇七・九メートル)山頂近くに諭鶴羽神社が見えてきた。
神社に伝わる「諭鶴羽山縁起」によると、二千百年前、伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉(いざなみ)の二神が乗ったツルに狩人が矢を射た。傷を負ったツルを追跡した狩人の前に現れた二神は「国家安全、五穀豊穣(ほうじょう)を守るため、この山に留(とど)まるなり」ととなえた。罪を悔いた狩人は現在の奥の院に社を建て、神体を祭ったという。
熊野(和歌山県)との関係が深く、修験道が栄えた平安時代にさかのぼる。熊野の神は諭鶴羽山から渡ったとされ諭鶴羽神社の本殿は熊野那智大社と同じ神を祭る。その後、戦国時代に二度の焼き打ちに遭って衰退した。
だが、昨年、独自の護摩法要を諭鶴羽山で三十年続けていた大阪府内の修験者が大日如来像などを同神社に奉納。それを機に、熊野の行者や山伏ら約百人が参加して今年三月、約五百年ぶりに「採燈大護摩供法要(さいとうだいごまくほうよう)」が復活した。
同神社は、修行の道である「諭鶴羽古道」の起点。表、裏の参道を合わせ約五・一キロの古道は、一九六〇年ごろまで生活道路としても使われた。昨年末に起点を表す石碑を設置した。
夏休み中の地元小学生を招いた神社主催のキャンプや、境内、会館の無料開放など地域に根差した活動にも取り組む。「豊かな自然を守りながら、幅広い層に親しんでもらいたい」と奥本憲治宮司(47)。今後は修行に使われた滝など古道沿いの整備も進め、修験道復興に努めるという。
(橋本 薫)
神社に伝わる「諭鶴羽山縁起」によると、二千百年前、伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉(いざなみ)の二神が乗ったツルに狩人が矢を射た。傷を負ったツルを追跡した狩人の前に現れた二神は「国家安全、五穀豊穣(ほうじょう)を守るため、この山に留(とど)まるなり」ととなえた。罪を悔いた狩人は現在の奥の院に社を建て、神体を祭ったという。
熊野(和歌山県)との関係が深く、修験道が栄えた平安時代にさかのぼる。熊野の神は諭鶴羽山から渡ったとされ諭鶴羽神社の本殿は熊野那智大社と同じ神を祭る。その後、戦国時代に二度の焼き打ちに遭って衰退した。
だが、昨年、独自の護摩法要を諭鶴羽山で三十年続けていた大阪府内の修験者が大日如来像などを同神社に奉納。それを機に、熊野の行者や山伏ら約百人が参加して今年三月、約五百年ぶりに「採燈大護摩供法要(さいとうだいごまくほうよう)」が復活した。
同神社は、修行の道である「諭鶴羽古道」の起点。表、裏の参道を合わせ約五・一キロの古道は、一九六〇年ごろまで生活道路としても使われた。昨年末に起点を表す石碑を設置した。
夏休み中の地元小学生を招いた神社主催のキャンプや、境内、会館の無料開放など地域に根差した活動にも取り組む。「豊かな自然を守りながら、幅広い層に親しんでもらいたい」と奥本憲治宮司(47)。今後は修行に使われた滝など古道沿いの整備も進め、修験道復興に努めるという。
(橋本 薫)

【アクセス】 神戸淡路鳴門自動車道西淡三原ICから車で約45分
※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。
修験道の道、復興へ 諭鶴羽神社(2009-04-23)











