神戸新聞
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社寺巡礼

2009年8月6日掲載

海の神、漁を見守る 為世永神社

新温泉町諸寄

全国各地の船主の名が刻まれた玉垣(手前)が神殿を囲む。境内からは頻繁に漁船が出入りする諸寄港が見渡せる=新温泉町諸寄

全国各地の船主の名が刻まれた玉垣(手前)が神殿を囲む。境内からは頻繁に漁船が出入りする諸寄港が見渡せる=新温泉町諸寄

 海の、そして漁師たちのまち諸寄(もろよせ)。潮の香漂う港の近くにある鳥居をくぐると、やや急で、こけむした階段が森へと続く。振り返ると、イカ釣り漁などの漁船が行き交う港が眼下に広がる。木々に囲まれ、静寂に包まれた高台に神殿が立っていた。漁にいそしむ人々を優しく見守っているかのようだ。神社には今も、漁師やその家族が参拝に訪れる。

 起源は不明。郷土史に詳しい地元の新古雅紀さん(56)も「『為世永』という名前自体が不思議。近くの弥長(やなが)神社から来ているとも考えられるが…」と首をかしげる。祭られているのは、海の神である塩土翁命(しおつちのおきなのみこと)。猿田彦との説もあるが、航海の安全にかかわりが深い神様なのは確かだ。

 諸寄港はかつて廻船(かいせん)業で栄えた。江戸時代から大正末まで、北前船が天候の回復を待つため寄港した「風待ち湊(みなと)」だった。日本海事史学会員で廻船に詳しい安本恭二さん(77)=同町諸寄=によると、年貢米を運ぶ御城米(ごじょうまい)船や砥石(といし)を求める船などが頻繁に出入りしたという。

 全国の船乗りが航海の安寧を願って参拝したあかしが、境内を取り囲む古びた玉垣にあった。1884(明治17)年の改築の際に建てられた124基には「陸奥国」「越後国」「下野国」などの旧国名と寄進した船主の名が刻まれていた。

 幕末から明治期に奉納され、現在、近くの八坂神社社務所に保存されている船絵馬5枚は町の指定文化財になっている。安本さんはいう。「当時の航海は命懸け。多くの人が心のよりどころを求めたのでしょう」

 かつて村人が海の安全を祈ったこもり堂跡を通り、今度は、港を正面に見ながら階段を下りていく。潮風がほおをなでた。(大盛周平)
メモ
★港では今、シロイカやスズキなどが揚がる。船絵馬については新温泉町社会教育課TEL0796・82・5629
<アクセス> JR山陰線諸寄駅から西に徒歩10分。国道178号線沿い、浜坂町漁協諸寄支所近く

※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。

海の神、漁を見守る 為世永神社(2009-08-06)