2009年10月22日掲載
地域に根付く「朝粥」 宝蔵寺
明石市林2
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早朝から朝粥が振る舞われる「暁天粥の会」=明石市林2、宝蔵寺 |
恒例の「朝粥(かゆ)」は午前6時から。まだ薄暗い住宅地を抜け、境内に次々と人が集まってくる。本堂の奧、庫裏の玄関をくぐると、世話役の女性陣が「おはよう」と迎えてくれた。足元を見ると、既にたくさんの靴が並んでいる。
「朝粥を始めたのは、分かち合いの精神ができるから。だって水を加えたら、いくらでも分けられるでしょ。檀家に限らず、どなたでもどうぞ」と松本大天住職(75)。毎月3日の「暁天粥の会」は始まって22年になる。
集まった面々は、年配から子ども連れまで約40人。いったん本堂で読経を短く上げ、再び庫裏に戻って粥をいただく。「お粥さん、まだかなー」の声で、湯気が立つ器が運ばれてきた。今が旬の栗が入った粥。口にすると、それまでの肌寒さを忘れ、肩の力が抜けた。
全員がはしを動かしながら、おしゃべりに花を咲かせる。趣味や仕事、家族のこと。「時々、参加者が前に出て、得意な内容でスピーチもするんですよ」。隣に座った常連が教えてくれた。
寺は、地元で「林の毘沙門さん」として知られる。食事を終えると、意外な所蔵品を見せられた。「仏像の十字架」と呼ばれ、両手に乗る大きさの十字架の中央に仏像が鋳込まれている。壁に埋めると、仏像だけが目に触れる仕掛けだ。
天正年間、キリシタン大名の高山右近が明石を治めたころ、寺は教会に宗旨替えさせられたと伝えられる。松本住職は「キリスト教禁令後、隠れキリシタンがひそかに使った品では」とみる。
外に出ると、すっかり明るい。「また次回もお会いしましょう」。参加者それぞれが声を掛け合いながら境内を後にする。どっぷりと地域に根を下ろしている朝粥。身も心も「満腹感」に包まれた。(永田憲亮)
「朝粥を始めたのは、分かち合いの精神ができるから。だって水を加えたら、いくらでも分けられるでしょ。檀家に限らず、どなたでもどうぞ」と松本大天住職(75)。毎月3日の「暁天粥の会」は始まって22年になる。
集まった面々は、年配から子ども連れまで約40人。いったん本堂で読経を短く上げ、再び庫裏に戻って粥をいただく。「お粥さん、まだかなー」の声で、湯気が立つ器が運ばれてきた。今が旬の栗が入った粥。口にすると、それまでの肌寒さを忘れ、肩の力が抜けた。
全員がはしを動かしながら、おしゃべりに花を咲かせる。趣味や仕事、家族のこと。「時々、参加者が前に出て、得意な内容でスピーチもするんですよ」。隣に座った常連が教えてくれた。
寺は、地元で「林の毘沙門さん」として知られる。食事を終えると、意外な所蔵品を見せられた。「仏像の十字架」と呼ばれ、両手に乗る大きさの十字架の中央に仏像が鋳込まれている。壁に埋めると、仏像だけが目に触れる仕掛けだ。
天正年間、キリシタン大名の高山右近が明石を治めたころ、寺は教会に宗旨替えさせられたと伝えられる。松本住職は「キリスト教禁令後、隠れキリシタンがひそかに使った品では」とみる。
外に出ると、すっかり明るい。「また次回もお会いしましょう」。参加者それぞれが声を掛け合いながら境内を後にする。どっぷりと地域に根を下ろしている朝粥。身も心も「満腹感」に包まれた。(永田憲亮)

〈アクセス〉山陽電鉄西新町駅から徒歩約15分
※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。
地域に根付く「朝粥」 宝蔵寺(2009-10-22)











