神戸新聞
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社寺巡礼104

2009年10月29日掲載

義士の忠義をしのぶ 赤穂大石神社

赤穂市上仮屋

神社の門前で参拝客を出迎える四十七士の石像=赤穂市上仮屋

神社の門前で参拝客を出迎える四十七士の石像=赤穂市上仮屋

 境内へ続く参道の左右に勇壮な石像が並ぶ。その数47。大石内蔵助をはじめ、討ち入りを果たし、主君の無念をすすいだ四十七士の石像だ。
 2002年の討ち入り300年を記念し、兵馬俑(へいばよう)のレプリカを手掛ける中国の業者に製作を依頼した。東側が表門隊、西側が裏門隊。義士の勇姿を今に伝える。
 1701(元禄14)年3月14日、江戸城松の廊下で、赤穂藩主浅野内匠頭長矩が、吉良上野介義央を切りつけた刃傷事件。長矩は切腹、浅野家は取りつぶされた。翌年の12月14日夜、大石内蔵助ら遺臣が吉良邸に討ち入り、義士らは2カ月後に切腹。主君への忠義を貫いた義士に市井の人々は称賛の声を送った。
 あまりにも有名な忠臣蔵の物語。ドラマや映画、歌舞伎などの題材として扱われ、愛されてきた。大石内蔵助ら四十七士を祭る赤穂大石神社は、江戸時代が終わり、明治天皇が義士をたたえる勅語を発表し、神社の建立が許された。

 毎年12月14日、義士を哀悼するため営まれる義士追慕大祭には、全国から多くの参拝客が訪れる。ただ、「若い人は、赤穂市民でも忠臣蔵をよく知らない」と飯尾義明宮司(60)。旅行などで訪れる参拝客も、高齢者が多い。

 地域の人に忠臣蔵や神社に関心を持ってもらおうと、73年間途絶えていた「お田植え祭」を2004年に復活。義士らが切腹した2月4日には、参拝客に厄よけの大根炊きを振る舞うなど、神社とかかわる機会を増やそうと試みてきた。

 飯尾宮司は「義士が生きた時代の背景に興味を持ち、無念を晴らそうとした武士の考え方を理解してほしい」。
 神社を歩くと、日本中を感動させた忠臣らの思いが、じわりと伝わってくる。(黒田耕司)
メモ
★義士が討ち入りの際に使用した遺品などを納めた義士宝物殿や、大石邸長屋門・庭園などは、拝観料大人420円(中学生以下無料)。午前8〜午後5時。赤穂大石神社TEL0791・42・2054
<アクセス> JR播州赤穂駅から徒歩15分

※この記事は過去に神戸新聞に掲載されたものです。
内容については変更になっている場合がありますので、おでかけの際はあらかじめご確認ください。

義士の忠義をしのぶ 赤穂大石神社(2009-10-29)